6 甘い誘い

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6 甘い誘い

波岡に貰った肉は、スーパーとかじゃ売ってなさそうな、最上級の肉っぽくて、普通にフライパンでジュージュー焼いて、塩胡椒で味付けて食べただけだったけど、おいしかった。 なんでこれ持ってきてくれたんだろ…。口止め料的な奴だろうか。 口止め…自分で何気なく思ったワードが引っかかった。前にも、波岡に口止めされたことがあったような…。 けど、すっごく昔のその記憶は、断片的であやふや。 日曜日。一日、波岡のことを考えて過ごした。 考えてもしょうがないのに。でも、考えてしまう。 波岡は何を考えているんだろう。私は波岡と、どうなりたいんだろう…。 週明け、出勤した時、波岡の姿は事務所になかった。がっかりとほっとした気持ちが、ないまぜになって、心を乱す。お礼は言いたかったな…。 月曜日は外来のお客様が週の中でも一番多い。受付のお仕事にはだいぶ慣れたけれど、キャパを超えた人数でへろへろ。そんな私の前に、受付時間の終了間際になって、山崎さんが来た。 「どうかされたんですか?」 土曜日、見てた感じだと、どう見ても病気とか怪我とかなさそうだったけど。あ、それとも、波岡に用事があるのかな。 「波岡呼びますか?」 「いい、いい。むしろ波岡には内緒にして。葉月ちゃんに会いに来たんだ」 「私?」 「昼、一緒に食おうよ、葉月ちゃんの時間に合わせるから」 強引に山崎さんに誘われてしまった。 受付時間が終わっても、最後の患者さんが帰るまで、私たちは帰れない。その日は午前の診察が終わったのが、1時半過ぎで、休憩もそれからになった。 山崎さん、待たせちゃったな。制服に通勤で着てるダウンを羽織って、山崎さんが待ってる、って言った病院の近くにあるカフェに急いだ。 「遅くなってすみません」 「ううん、俺の方こそ。突然、強引にごめんね」 ランチセットのカフェオレとBLTサンドを注文して、山崎さんの前に座った。 「俺、女の子とふたりでランチなんて、いつ以来だろ」 緊張する~。なんてセリフも、山崎さんがゲイだってわかってるから、寧ろくすくす笑いながら聞ける。 「今日はどうしたんですか?」 「うん。俺、葉月ちゃんに頼みがあって」 「…私に出来ることですか?」 「葉月ちゃんにしか出来ないことだと思う」 「そんなのあるかな」 「うん。あのさ、俺たちのフットサルチームに入ってほしいんだ」 大きな両手を顔の前で合わせて、背中を折り曲げて、山崎さんは拝むみたいに私に頼んできた。
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