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1 二重の雇用契約
目を閉じて、大きく深呼吸を一つ。
ドアのノブに手を掛けると、汗がじわりとにじみ出た。
何回やっても、この緊張感は慣れない。でも。これを潜り抜けないと、先に進めない。
今日は家から自転車で15分のとこにある総合病院での面接。
9~18時。残業月10時間程度。木曜と日曜日休み。土曜日短時間勤務。基本給19万5千円。賞与あり5.0カ月。
条件としては、ばっちり。出来たら、ここで決めたい。
だけど気負いすぎても、いいことはない。なるべくナチュラルに。
呼吸を整えて、閉じてた瞼を開けて、さて、臨戦態勢!
コンコンコンとドアをノックをすると、中から「どうぞお入りください」と声が掛かった。
「失礼します」
一礼して、顔をあげる。面接官は一人だった。
「水田葉月です。本日はよろしくお願いします」
自己紹介をしてから、深々と一礼した。
面接は第一印象。お世話になった転職サイトの方の言葉が、脳裏を過る。
大学を卒業してから、派遣であちこち渡り歩いてきた。でも、もう26。そろそろしっかりとした経済基盤を築きたい。三か月ごとの評価におびえるのは嫌だ。
転職サイトに登録し、履歴書と職務経歴書をアップロードして、エージェントの方から、紹介してもらった仕事は、なかなか自分の希望に合うものがなかった。
どう考えても、私の身の丈に合ってなかったり、勤務地が県外だったり。その中で一つ、好条件のものが合って、応募したら、面接の日程が記されたメールが戻ってきた。
それはうちの近くの総合病院の医療事務のお仕事。
経験はないけれど、派遣の時に、とっておいて損のない資格として、よく仲間内で話題になっていたし、資格だけなら実務経験が無くても、独学の勉強で試験さえ受かれば貰えるから、何かの足しになれば…と受けておいた。
ケースによる点数のつけ方や、薬の種類まで覚えなきゃいけないから、大変だったけれど、半年みっちり頑張ったら、いくつかある民間の試験のうち、2つ合格した。
この資格が活かせたら…と、一応ウェブからエントリーしておいた。
大学の時は、いくつもいくつもエントリーシートを書いて、面接を受けても、大抵一次か次のグループ面接で落とされた。役員面接なんて行ったことない。
「水田さんは、口下手なのかしら。もったいないわね」
成績はわるくないのに。と、大学の就職コンサルの人から、首をひねられたこともある。
口下手、ではないけれど、面接下手ではある。
自己アピールとか、志望動機とか、学生時代に熱中したこと、とか、求められている人物増を演じるのが苦手だ。そういう自分を客観視して恥ずかしい、と思ってしまう。
そんなこと言ってるから、ダメなんだけど。
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