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「…時間が合わないんです」
葉月たち受付の女性職員は、午前の診察が終わってから、午後の診察が始まるまでの間が休憩時間だ。だから日によって入れる時間もまちまちで、時間も長かったり短かったりする。けど人事のメンバーは大抵12時に一斉に昼食をとってしまうことが多い。
「浮気とか疑わないんだ」
「…葉月はそういうことはしないので」
もともと、ニセのカノジョをお願いしてる立場だから、浮気してても文句言えた義理ではないけど、仮に本当に俺の彼女だったとしても、葉月は浮気するくらいなら、馬鹿正直に『ほかに好きな男が出来た』というタイプだろうな。
「信じてるんだ」
「彼女ですから」
探りをいれられて、にっこりと返す。動揺を見せたら負けだ。
「小枝の《さえ》時のようなことはやめてください」
元カノの名前を出すと、兄さんはにやりと笑う。
「知ってたんだ?」
「知らないわけないじゃないですか。いい趣味とは言えないですよ。弟の元カノに声を掛けるなんて」
「あれは、向こうから寄ってきたんだよ」
カレーうどんは空にして、今度はチャーハンを豪快にスプーンで口に運びながら、言い訳にならない言い訳をする。どっちが誘ったとか関係なく、普通は兄弟の付き合ってた異性と、関係を持ったりはしないだろ。
「彼女さ、面白いこと言ってたんだよ。――お前は一度も抱いてくれなかった、って」
「――!」
なんとなく兄さんは知ってるような気がしてた。けど、俺がEDだって、俺の秘密が漏れる綻びがあるとすれば、彼女しかいないか。
尻も口も軽い女だったんだな…と、改めて失望する。もう8年近く前のことだし、今更どうでもいいんだけど。
「葉月はそのことも承知の上です」
へえ、と興味深そうに兄さんはこっちをまじまじと見た。面白がってるのか心配してるのか、わからないのがこの人の怖いとこだけど。
「べたぼれで羨ましいわ。正月、実家戻ってくるんだろ? 艶姿の水田ちゃん、楽しみにしてるわ」
そう言われて、我が家の妙な風習を思い出して、ため息をついた。
それに――山崎と葉月が会って、何を話したのかは気になった。
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