相田 修一

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大事にしていたクマのぬいぐるみ。唯一母から買ってもらった記憶のある物。 自分が成長するにつれ、薄汚れボロボロになったクマ。 今はその一部を切り取って、小さなクマを作って鞄につけてお守り代わりにしている。 あれから・・・しばらくの間は本当に父にとっても、私にとっても辛い日々だった。 父の実家へ引っ越し、学校は友達と離れたくなかったので、片道30分バスに揺られて登校した。 学校にいる間は寂しい気持ちを忘れられた。 でも、友達の家に呼ばれたり、友達の母親に優しくしてもらうと、余計に傷ついた。 その度に何故早く死んでしまったのかと、母を恨んでしまう自分も嫌いだった。 どこにもぶつけられない想いを祖母に冷たくあたる事で紛らわしたり、父と顔を合わせない日もあった。 それは思春期になればますます酷くなり、学校を途中で帰ると直ぐに家を出て、似たような環境の子と夜まで遊んだり、決して良い子ではなかった。 何度も補導され、父に叩かれ、祖父母には泣かれた。 それでも、私の気持ちはどこか宙ぶらりんで、胸に一度開いた穴は簡単には埋まらなかった。 何度目の補導だろうか、いつも必ず来てくれる祖母が来てくれなくて、とうとう愛想を尽かされたのだとまた不貞腐れていると、慌てて警察官が飛び込んできた。 「君のお婆さんが・・・。」 全ては悪い方へと転がって、奈落の底へと突き落とされた気分になった。 私のせいだ。 私のせいだ。 私のせいだ。 迎えにくるはずの祖母の元へ、警察と共に向かう。 悔しさと、悲しさで身体中が痛い。何度後悔すれば私は生まれ変わる事が出来るのだろうか。 父親は私を嘆くのではなく、ただ静かに泣いていた。 祖父はずっと祖母の手を握りしめて、安らかに眠る祖母の顔を見てた。 また、大事な人を一人失ってしまった。 「ばあちゃんから、預かってるものがある。」 祖母の葬儀が終わり、ガランとした部屋の真ん中にある古いテーブルの上にお菓子の紙で出来た箱が置かれ、父は蓋を取り、中から一冊のノートを私に渡した。 祖母の神経質を思わせる細く美しい字で、愛菜へと書かれていて、そこには私の母がどれだけ私を愛していたか、病により長く生きられないと知って、何よりも私の未来を心配し、自分が傍にいてあげられない辛さや悲しみの様子を祖母の目を通し書かれたものだった。 母は、病気が進行し、筋力も落ち鉛筆も持てない状況だったにも関わらず、私が見舞いに来るときは必ず起き上がり、そんな素振りは見せずに気丈に振る舞った。 医師でさえもその姿に敬意を示さずにはいられなくなるほど。 それほど愛している我が子には、辛い姿を見せたくなかったのだろう。 せめて、愛菜には笑顔の自分を覚えていて欲しい・・・と。 「愛菜が、大人になったら渡そうと思ってた。」 溢れ出る涙を我慢することなく、私は声を出して泣いた。
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