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早く父の顔が見たい。
足は自然と急ぎだす。
私の顔はきっと笑っていたかもしれない。
父が私に会うのが嬉しいのと同じくらい私も嬉しいのだから。
突然、バッグをグイッと引っ張られた。
咄嗟に反対側の荷物は離してバッグの紐を両手で握る。
ひったくりだった。
スクーターに乗った男が、肩紐を引っ張る。
「やめて!」
叫び声に遠くにいた人が気づいてこちらへ駆け寄るのが見える。
でも、男は離してくれずに更に引っ張り、紐はブチンと切れた。
「だめ!」
バッグにはクマのぬいぐるみを吊り下げてあった。
だめ、だめなの、それは持っていかないで!
お母さんの、お母さんの形見なの、お願い諦めて!
だけど、男の力に敵うわけはなくて、振りほどかれた拍子に私は車道へ転がった。
そして・・・。
駆け寄る人が何か叫んでる。
足を痛めた。
頭も痛い。
転がった時に頭を打ってしまった。
起き上がろうとした瞬間、もう目の前に巨大なトラックが迫っていた。
やだっ、助けて、死にたくない!!
私が死んだら、お父さんが一人ぼっちになってしまう!
お願い!
助けて!!
「助けて!!」
私は勢いよく起き上がった。
・・・・・・ここは?
生きてる?思わず両手を見た。
これは自分の手?何か変だ。
病院にしては何もなさすぎる。
ベッドは部屋の真ん中に一つ置かれていて、他に何もない真っ白な空間だった。
「どこだろう。」
少し冷静になり、声がおかしい事に気づく。
低くて、まるで男みたいだ。
一体、どーいう事なのか。そして、何故誰もいないのか。
とりあえずベッドから下りてみる。
やはり、妙だ。
上下の繋がった真っ黒な服を着させられてるし、部屋のどこにも扉らしきものは見当たらない。
「すみません、あの、どなたかいらっしゃいませんか?」
事故に遭って声が出にくくなっているせいで、こんな声に?
呆然としていると、ベッドの軋む音がして振り返った。
そこには長い黒髪の女性が、真っ黒なワンピースに黒いマントみたいな物を着てベッドの端に座っていた。
一体、何処から。
「あ、あの、ここは何処なんですか?私、どうしてここに?」
女性は暫くジッと無言でこちらを見つめてくる。
女の私から見ても美しいその人に見つめられると、言葉を失いどうしてよいかわからなくなる。
「あなた、名前は?」
彼女が初めてそう聞いてきた。
「あ、私は綾瀬愛菜と言います。」
それを聞いた女性は小さな溜め息を吐いた。
「違うでしょ。あなたは相田修一・・・でしょう。」
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