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「え…っ?」
伊咲は驚いたが、それが伊咲に向けられたものではなく、
甚八がうなされながら見ている夢の中で発している言葉なのだとすぐに理解した。
手…?
手を探しているの…?
すると、甚八は再び口を開いて呟いた。
「お梅様…分かりません…。
俺の…生きる意味…。
もう一度手を取って…俺を導いて下さいーーー」
甚八はうなされながらも、必死で両腕を伸ばし
宙をかいてお梅の手を探そうとしていた。
甚八とお梅の馴れ初めを知らない伊咲だったが、
あまりに悲壮に満ちた様子で何もない宙をかく甚八の姿がいたたまれなくなり、
思わず彼の手を握り締めていた。
「お梅様…お梅さんは、ここにいます…」
自分の手など求めていないことは百も承知だったが、
どうにかして甚八を安心させたくなり
伊咲は胸を痛めながらもそう答えた。
すると、険しく苦しそうな表情で眠っていた甚八の表情がすっと和らぎ、
安心したように伊咲の手を握り締めたまま寝息を立て始めた。
ほっとした伊咲は、そろそろ次の交代である者を呼びに行こうかと思ったが、
自分の手にすがるようにしたまま眠る甚八を見て
彼が自然に手を離すまではこのままでいよう、と考え直した。
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