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「これを…あなたが?」
「はい…厨房を貸してもらえたので」
元々自炊はしていた伊咲だったが、
現代のような調理器具の揃っていない厨房では
お粥や味噌汁といった基本の料理でも非常に複雑で手間がかかった。
しかし暇な時に雛を手伝い、手順を覚えていたことから
甚八が少しでも体力をつけられるよう、皆の輪を抜けて料理してきたのである。
「…あの、少しでも食べられるようならで結構ですので…」
伊咲が遠慮しながら言うと、甚八は
「頂きます…」と呟き、お粥を口に入れた。
ーーー何の変哲もない、唯のお粥だった。
しかしその温かさが、甘みや塩味が口の中に広がり、
じんわりと身体の中に浸透していくのを感じた。
…ああ、思えば忍城攻めが失敗して以降あたりから
まともな食事を摂っていなかったな…
気がつくと、甚八は手を止めることなく食事に集中していた。
愛する人を失い、自分の生きる意味も見失っていた直後にも関わらず
身体は驚くほどに伊咲の作った料理を受け入れた。
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