真田心中

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「お菊…」 「お帰りなさい、父上…。 利世様もーーーはじめまして」 お菊は幼いながらも丁寧に、二人に挨拶をした。 「お菊、長い間城を空けていて申し訳なかった。 寂しい思いをしただろう?」 「いいえ。妹や侍女も一緒でしたし、 伊咲と新しいぬいぐるみを作って遊んだりしていたので、寂しくはありませんでした。 父上が戦で城を離れることは、これまでもありましたから」 「…そうか…」 幸村が言うと、お菊はスス…と利世の方へ近寄り、ぺこりと頭を下げた。 「父上と母上は、男児を産むことを望んでおりました。 しかし母上は、もう子を産むことは叶いません。 どうか、父上と母上の願いを、利世様が叶えて頂けないでしょうか」 母親を亡くしたばかりの10歳程度の少女が 初めて会う義理の母に丁寧に頼み込む姿を見て、 幸村も利世も心が締め付けられた。 「お菊…。 あなたは、私が憎くないの?」 「えっ、何故ですか?」 「…幸村様から聞いたわ。 お梅様がこのところ塞ぎ込んでいたようだと。 その原因は、もしかしたら嫡男が生まれていないことで ご自身を責めているのかもしれないーーーと。 そのような時に私との結納がなされ、 お梅様の娘であるあなたは 私の存在をよく思っていないのではと」 すると、お菊が口を開く前に、幸村が話し始めた。 「お菊。俺は君のことも大切だし、お梅のことも心から愛しているよ。 その気持ちはお梅を嫁にした時からずっと変わっていない。 ーーーけれど、明るかったお梅の気質を変えてしまったのは俺だった。 俺がどう接しても、お梅は自分のせいで俺が気を遣っているのだと塞ぎ込んでしまっていた。 そのような時に利世との婚約を決めたのは、俺自身の判断。 責められるべきは、俺だけだ」 すると意外なことに、お菊は僅かに唇の端を上げ、くすりと微笑んだ。
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