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「え?どうしてカイーーー」
「そんなこと、あなたが知る筋合いないでしょ?」
「…はい…。
海野さんのことはカイさん、と呼べばいいんですね?」
「ーーーできれば、あんたがカイを呼ぶ機会がないことを願うけどね」
六花の鬼気迫る表情に、伊咲は萎縮してしまった。
ああーーーなるほど。
この女の子は、海野六郎…カイと呼ばれていたあの人のことが好きなんだろうな。
さっきカイさんが私に好意的に接してくれたことで、
この子は私に対しての風当たりが強いのか…。
「気をつけますね。
六花さんのような可愛らしい人に言われてしまったら、
私もそれを破る訳にはいかないですもんね」
「!…そ、そう?」
「はい。六花さんから大切に思われているカイさんが羨ましいくらいです」
伊咲におだてられた六花は、だんだんと頬を赤らめ、口振りも柔らかくなって行った。
「と、とにかく勘違いさえしなければいーのよ!」
「勘違い?」
「カイの優しさは万人に対するものだってこと!
別にあなただから優しくしたわけじゃなくって、
カイはみーんなに優しいんだから!」
「…ふふ、分かりました」
思えば、この子も私が教えていた高校生くらいの年頃だろう。
好きな男の子がいて、焼きもちを焼いたり、強がったりしても何らおかしくない年齢だ。
そう思えば、この子ともうまくやっていけるかもしれない。
「…やっぱり私も、六花さんと呼んでもいいですか?
その…六花さんさえ、嫌でなければ」
「まーーーまあ、好きに呼べば?!」
その後彼女は、自身の部屋に通すと
衣装棚からいくつか着物をあてがい、
一番地味で見栄えのしない衣を伊咲に貸してくれた。
そして伊咲を湯あみ場まで送り届けると、
「じゃあ、私が世話するのはここまでね!」
と素っ気なく言い、去って行った。
「ありがとうございました…」
伊咲がそう言い終えると、湯あみ場の戸が内側からガラリと開かれた。
「お待ちしていました」
「!甚八さん」
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