308人が本棚に入れています
本棚に追加
中から甚八が現れ、彼の手元には手拭いが何枚か握られていた。
「湯加減を調整しておきました。
後はこれで身体を洗うなり、拭くなりしてください。
それではーーー」
「あっ…はい!ありがとうございます」
やっぱり、甚八さんは部屋を出てくれるみたい。
そりゃ、同年代の男性に見られながらお風呂に入るのは私も気が引けるけれど。
私が本当に刺客だったら、逃げ出してしまうとは思わないのかなぁ…?
伊咲は戸を締め切ると、それまで身につけていた現代の衣服を脱いだ。
お風呂ーーーと言っても、桶の中に湯を溜めたもので身体を擦り洗い流すだけで、湯船に浸かるわけではない。
それでも、丁度良い心地の湯を手拭いに染み渡らせて身体に這わせると
自然にほっと息が漏れ、じんわりと心までほぐれていくのを感じた。
ああ、気持ち良い。
ずっと身体を洗えずにいたから、こうして顔や髪まで綺麗にできるのは嬉しい。
お化粧できないのはちょっと恥ずかしいけど、
この時代に現代のメイクをしたところで浮いてしまうだけだしーーー
湯あみを終えた伊咲は、乾いた手拭いで全身を拭き、
六花に借りた着物を纏った。
「お待たせしました、甚八さん」
「いえ」
湯あみ場を出ると、戸の外では
甚八が書物を見ながら立っていた。
「あの、それって何を読んでいるんですか?」
「余計な馴れ合いはしないと言ったはずです」
「すみません、つい前職の癖で気になっちゃってーーーあ…」
「前職?」
伊咲の言葉に、甚八がピクリと反応した。
最初のコメントを投稿しよう!