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ひいらぎ理容室店主、柊優(ひいらぎ ゆう)とその兄時生(トキオ)は、事故で両親を失ってから、先代の店主である父方の祖父を頼り3人で身を寄せ合って暮らしていた。やがて優が理容師の免許を取ってこの店を継ぎ、祖父は年金をもらい半ば隠居、兄はいつまでも無職、というのが現在の柊家の形である。 ー「じいちゃん、さっき押し入れから出したダウン、あちこちから羽が飛び出してて使い物にならん。新調するから金をくれ」 食卓で時生が金をせびると、優がぎろりと睨みつける。 「働いてないんだから我慢してそれ着てろ」 「時生、コンビニでもなんでもいいからやったらどうだ。いちいちじいちゃんにもらわないでも、好きに使えるお金があったほうがいいだろ」 「コンビニに来る客など3人に1人は頭がイカれてる。俺じゃ相手しきれないさ」 「あなたの方がよっぽどイカれてますから」 「優くん、昨日はお盛んのようだったな」 ブッ、と味噌汁を噴き出し、祖父が「あー、ふきんふきん」と慌てた。 「俺の部屋まで声が」 「うるさい!!聞こえるわけ…じゃなくて、変なこと言うなよ!!」 「じいちゃん、こいつの連れ込んでる男を知ってるか?図体のでかい芋臭い男だ」 「太一くんかい」 「どーーーするじいちゃん、ゆゆしき事態だぞ、優くんは男が好きな上に、よりにもよってまったく不釣り合いのクマみたいなトーヘンボクがお好みなんだ。この店もこの家系も俺たちで途絶え、いずれクマに侵略されるぞ」 「やめろってば」 「店は別にいいさ、お前らが食ってければいい。家系云々は別に、時生が子供作ればいいだろ」 「俺は絶対にない」 「…絶対?」 「絶対」 「じいちゃん、兄さんが父親なんて子供と奥さんがあまりにもかわいそうだ」 「そーだそーだ」 「……」 「とにかく、新しいダウンほしいとか言ってんなら、日雇いでもなんでもして自分で金を作れよな」 「じゃあ優くんのお世話係をするから給料くれ」 「間に合ってます」 「ははーん、下の世話もあのクマで間に合ってるってかあ」 すると間髪入れず頭と顎を上下から力強く手で挟まれ、「ぐふっ」とうめくと同時に舌を噛んだ時生は畳の上を転げ回った。しかし優はあることを思い起こし、「兄さんって料理以外の家事もちゃんとできる?」と尋ねた。 「待っへふえ優ふん…ひが…」 「なに?血?それより兄さん、仕事、家事代行ならあるよ。家政婦みたいな」 「はへがほんなほの…」 「誰がそんなもの、っつってる」 「でも家の人にしか会わないしいいんじゃない?」 「優、家政婦なんていいとこのお宅だろ?時生じゃちょっと…」 「あー違う違う、ていうか僕の知り合いなんだ。前に小川さんとこの喫茶店で、ちょっと話した人なんだけど」 「どんな人?」 「在宅仕事してて、なんか今ものっすごく依頼とか忙しいらしくて、全然家のことできないんだってさ。おまけに最近捨て犬を譲渡されたとかで、仕事の電話とかくる日中に散歩にも行かなきゃいけないらしくて…」 「なるほど。時生、料理はできるもんな。犬も飼ったことないけど好きだろ」 「嫌いだ」 「料理 洗濯 掃除 買い物 犬の散歩・・・あとなんだ?ともかく家事とかは週イチでいいから、ご飯は1週間分作り置きしてくれて、犬の散歩だけ週5か6してほしいんだって。ふつうの家事代行サービスだとそういう頼み方できないらしくて、僕の知り合いで適してる人いないかって言われてたんだよね」 「家事は毎日しなくていいのかい?」 「毎日人が家にいるのは鬱陶しいみたい。犬だけでいいって」 「期間と給料は?」 「期間は向こう半年は見てほしいらしい。顧客がけっこうついてて、依頼がずっと先まで立て込む予定って言ってた。給料はまだ細かく決めてないみたいだけど…ほとんど犬の散歩だけでも、ふつうにコンビニでフルでアルバイトしたくらいはくれるみたいよ」 「ええ…それ本当?」 「すっごい儲かってるんじゃない?お金より時間が欲しいんだよきっと」 「でもそんな仕事引く手数多なんじゃ…」 「そう、募集をかけたら殺到してよけいな時間取られるのと、内容も完全なる無職ニートで時間に融通ききまくりの人向けだから、身内にはちょうどいい人いないみたいなんだよね。あのときは兄さんがいるってことすっかり忘れてた」 「そうか…時生」 「やらんぞ」 「やるかやらないかは向こうが決めるから。兄さんの人間性にかかってるんだからな」 「なぜ俺に選択権がない」 「あのねえ、確かに料理は毎日してくれてありがたいけど、ふつうは働いたり子育てした上で料理も家事もしてるんだよみんな。選択権とかいう前に人としての最低ラインに立ってくれよまず」 「・・・・」 「いい?とにかく食べ終わったら連絡するから。もう決まってるかもしれないけど、こんなに楽な仕事でお給料たくさんくれるってんだから、絶対逃すなよ」 「じゃあ優くん」 「なに」 「い、いい子いい子してくれ」 「……」 「…優」 祖父に促され、仕方なく無表情で頭をガシガシと撫でてやると、時生は「じゃーお兄ちゃんちょっとがんばっちゃおうかなあ〜」とニヤけた。
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