シャボン玉の構造(シュールレアリスム小説)

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 適当な本を開きなさい。  そこにシャボン玉を吹き付けなさい。  本に当たったシャボン玉が割れて、少しだけそのページが割れるところを見なさい。       又  さまざまな事物の構造を解説する図鑑がある。  建築はもちろん、本やカラオケのマイクなど……。  ページをめくり、シャボン玉の項が開かれる。  ただシャボン玉が描かれている、それだけだった。  解説なし。 (そうだよね、シャボン玉の構造なんて言われても、困るよね)  次の瞬間、シャボン玉が割れて、水しぶきが散った。それはどこでかというと、僕が子供の時住んでいたアパートの庭で、そのシャボン玉を飛ばしたのも自分だった。  図鑑の中のシャボン玉は、これだったんだ……。  僕は思わぬ発見をした。  僕はこの図鑑に加筆することができると思って、この本の最後に書かれてある電話番号にかけた。 「はい、もしもし」と男が出た。 「あのう、図鑑を見たんですが」 「はい」 「シャボン玉のところ、白紙ですよね」 「はい」 「実はあのシャボン玉は、僕が昔飛ばしたシャボン玉に違いないとわかったんです」 「それはすごい! 今すぐそのシャボン玉に関する文章を書いて、こちらに送ってきてください」 「わかりました」  そして僕は原稿用紙を机の上に置いて、さて、どう書こうかと思いあぐねた。  その時、       シャボン玉飛んだ      屋根まで飛んだ  という歌が、どこからか聞こえてきた。  歌が原稿用紙に染み込んでいって、やがてそれは五線譜の引かれた紙に変容し、音符が浮き出て、それはどう見てもこの歌のメロディーに違いなかった。  紙が風で飛ばされた。  そして電話がかかってきた。 「私たちをバカにしてるのか!」と言ったのは、さっきの男だった。 「いえ、そんなつもりは、決して」  男は皮肉っぽく、     シャボン玉飛んだ     屋根まで飛んだ  と歌った。それから 「ザマアミロってんだ!」  と電話を切った。  僕は、もう一度図鑑を開いた。  そして怒りに任せてシャボン玉の絵を針で突き刺した(この針は気づいたら持っていた)。  すると、シャボン玉が割れて、水しぶきが散った。そう、あの頃に戻って、アパートで、僕はシャボン玉を割った。  あの頃の僕が、針を持った僕を見て泣きそうな顔をしている。  あの頃の僕が、僕の顔を見ている。  僕が、あの頃の僕を見ている。  この二つの映像が、交互に映画館のスクリーンに映し出される。  僕、あの頃の僕、僕、あの頃の僕……。  その速度は徐々に増していき、やがて二つの顔が合成されるような具合になった。  僕は合成された顔で、もとの部屋にいた。  僕は男のいる事務所へ謝りに行くことにした。  事務所のドアをノックすると、 「君か、入りたまえ」  と男は言った。   僕はあったことをそのまま話す。  すると、男は理解を示し、 「悪かった」  と、僕に手を差し伸べる。  僕たちは固い握手を交わす。  という、ここまでの文章がそのまま、「シャボン玉の構造」の項に記される。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加