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適当な本を開きなさい。
そこにシャボン玉を吹き付けなさい。
本に当たったシャボン玉が割れて、少しだけそのページが割れるところを見なさい。
又
さまざまな事物の構造を解説する図鑑がある。
建築はもちろん、本やカラオケのマイクなど……。
ページをめくり、シャボン玉の項が開かれる。
ただシャボン玉が描かれている、それだけだった。
解説なし。
(そうだよね、シャボン玉の構造なんて言われても、困るよね)
次の瞬間、シャボン玉が割れて、水しぶきが散った。それはどこでかというと、僕が子供の時住んでいたアパートの庭で、そのシャボン玉を飛ばしたのも自分だった。
図鑑の中のシャボン玉は、これだったんだ……。
僕は思わぬ発見をした。
僕はこの図鑑に加筆することができると思って、この本の最後に書かれてある電話番号にかけた。
「はい、もしもし」と男が出た。
「あのう、図鑑を見たんですが」
「はい」
「シャボン玉のところ、白紙ですよね」
「はい」
「実はあのシャボン玉は、僕が昔飛ばしたシャボン玉に違いないとわかったんです」
「それはすごい! 今すぐそのシャボン玉に関する文章を書いて、こちらに送ってきてください」
「わかりました」
そして僕は原稿用紙を机の上に置いて、さて、どう書こうかと思いあぐねた。
その時、
シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ
という歌が、どこからか聞こえてきた。
歌が原稿用紙に染み込んでいって、やがてそれは五線譜の引かれた紙に変容し、音符が浮き出て、それはどう見てもこの歌のメロディーに違いなかった。
紙が風で飛ばされた。
そして電話がかかってきた。
「私たちをバカにしてるのか!」と言ったのは、さっきの男だった。
「いえ、そんなつもりは、決して」
男は皮肉っぽく、
シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ
と歌った。それから
「ザマアミロってんだ!」
と電話を切った。
僕は、もう一度図鑑を開いた。
そして怒りに任せてシャボン玉の絵を針で突き刺した(この針は気づいたら持っていた)。
すると、シャボン玉が割れて、水しぶきが散った。そう、あの頃に戻って、アパートで、僕はシャボン玉を割った。
あの頃の僕が、針を持った僕を見て泣きそうな顔をしている。
あの頃の僕が、僕の顔を見ている。
僕が、あの頃の僕を見ている。
この二つの映像が、交互に映画館のスクリーンに映し出される。
僕、あの頃の僕、僕、あの頃の僕……。
その速度は徐々に増していき、やがて二つの顔が合成されるような具合になった。
僕は合成された顔で、もとの部屋にいた。
僕は男のいる事務所へ謝りに行くことにした。
事務所のドアをノックすると、
「君か、入りたまえ」
と男は言った。
僕はあったことをそのまま話す。
すると、男は理解を示し、
「悪かった」
と、僕に手を差し伸べる。
僕たちは固い握手を交わす。
という、ここまでの文章がそのまま、「シャボン玉の構造」の項に記される。
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