【MICO 1(湊 美子:ミナト ヨシコ)】

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【MICO 1(湊 美子:ミナト ヨシコ)】

 日本って少子化で困ってんるんやないの?未来に年金払ってくれる世代を大切にするべきなんと違うん?  学舎(マナビヤ)なんよ?大切な世代が学ぶ場所なんでしょ?なんで坂の上に造るん?  入学してから、同じことを考えるのは何回目だろう。特に5月から9月はほぼ毎日考える。温暖化の影響で10月くらいまでこの暑さが続きそう。しかも今年は夏期講習があるから、8月もあの坂を昇らなきゃいけない。考えただけで暗くなる。もう推薦でちゃっちゃと決めてしまおうか。  そんなことを考えながら、家の前から延びる真っ直ぐなアスファルトを歩く。照り返しが厳しくなっている。  このアスファルトってのも暑いんだ。  もう少ししたら、坂への登り道に出る。歩くほどにアスファルトはジリジリと熱を照り返し、不快感は高まってくるのに、この辺りにきたら少し気持ちが軽くなる。  毎朝、あの角にいる。私を待っているのではなく、ヨーイチを待っているのだけれど。  河原(カワハラ) 陽二(ヨージ)。三年になってようやく同じクラスになれた。でも、理Ⅲのヨージとその他芸術系の私は、授業で重なることはほぼない。出席をとる朝と、帰りのホームルームだけ。三年で同じクラスになっても意味ないなあ。最初の頃はそう思っていた。  ヨーイチ、ヨージのおバカな賭けを知ったのは春休み前。賞品は食堂のヤクルト。  それから、家を出る時間を15分遅くした。あの角にヨージがいるから。  今日も背中にエレキギターを背負って、だるそうに自転車に凭れている後ろ姿がある。  坂への道が目の前だというのに、少し歩くのが早くなる。 「ヨージ、おはよう」  最近は当たり前みたいに言える。クラスメートなんだから不自然じゃない。 「モーニン」  こちらを見ずに言うヨージの挨拶の声で、坂を登る元気が出る。  一年の文化祭から、ずっと気になってたんだ。河原ヨージとヨージのギター。  あれから1年半で、まだここまでだけど。  第一志望頑張ろう。理Ⅲのヨージはきっと夏期講習にくるから。 「ウーリャー!」  叫び声と共に、自転車のヨーイチが登ってくる。誰だって振り向きそうな大声だけどもう誰も見ない。この時間に登校する人はみんな知ってる。ヨーイチヨージのおバカな勝負。  誰も振り向かないけれど、少し端によって道を空ける。私も端によった。そして立ち止まって振り返る。    あれ?今日はヨーイチのが速いのかな?  追い抜き際にヨーイチが叫ぶ。 「ミコ!グッドモーニング!」 「おはよ、がんばれ」  いつもはヨージを追いかけてるからそう言うけど、今日は逆なのかな?だったら、頑張らないでヨーイチ。  数秒後、同じような奇声をあげながら、ヨージが追い抜いていく。 『がんばれ!』  声にせずに、本気の応援を送った。 「ほんまにアホ。朝からうるさい。ますます暑なるわ。おはよう」 「おはよう」  タオルハンカチで、汗を拭きながらタマが顔をしかめた。  一年の時のクラスメイト、太田(オオタ) 愛美(マナミ)は理系クラスにいながら、文芸部部長をしている変わり者だった。愛美なんてかわいい名前なのに、真ん中をとって(タマ)って呼んでって彼女に言われたのは、入学式のすぐあとだった。言いやすいニックネームで、男子も女子も今はみんなそう呼んでいる。クラスメートだって、彼女の名前が太田 愛美であることを忘れていると思う。 「タマのその言葉も毎朝やね」  自分もハンカチで汗を拭きながら足は止めない。もう数十分でギラつきも温度もピークになるだろうアスファルトを踏みしめながら並んで歩く。これも毎朝のこと。 「これで蝉でも鳴きだしたら、死ぬわ」  タマがポツリと言った言葉を少し笑うだけで無視をする。返事を求めたものでないことをわかっているから。 「タマ、夏期講習(カキコウ)、何とるの?」 「英語関係。数学と物理は予備校の行くから」 「じゃあ、私もそうしよ」  学校で催行される夏期講習の希望科目の締め切りは明日だった。  昨年から教室にクーラーがついた。一昨年(おととし)の先輩たちは、クーラーのない部屋の夏期講習を受けてたのかな。 「あー、なんでこの学校選んでしもたんやろー!坂の上て!」  校門が近づいたときにタマが呟いた。それも返事を求めたものでないことはわかっていた。  いつもの夏のお約束。でも、これから始まるのが、私たちにとっては最後の夏。     
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