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【YOーJI 3】
いつものように休憩時間に食堂に行った。いつものようにうどんを頼んで、それを食いながら待つ。
今朝は雨だったからヤクルトはなしだ。例の5秒ルールのあと、また一度負けて、3秒に変えてまた負けた。それ以外の日は雨で勝負ができていない。今朝も。
おかげで俺はミコと相合傘で登校という夢のような時間を過ごせたけど、何を話せばいいのかわからなくなって(ウエハラ先輩の呪い)なんて話をしてしまった。ヘタレだ。まあ、ミコにはうけてたみたいやからいいけど。
プラスチックのうどんの丼ぶりが空になりかけてるのに、ヨーイチは来ない。休憩時間が終わるのに。腹へってないのかな。
そんなことを思いながら食堂の入口を見たときに、キーやんが食堂に入ってくるのが見えた。ずんずんと俺の方に来る。
「ヨージ」
手を挙げた俺に近づいてくる。
「どうしたん?血相かえて」
「ヨーイチが事故った。坂の手前で原付と接触しよった」
一瞬、キーやんの言葉に戸惑う。でもすぐに立ち上がった。
「なんでや!」
「自転車で来よったんや。救急車で運ばれた。中央病院や」
俺はうどんの丼ぶりが乗ったトレイをキーやんに押し付けて、食堂の入口に走った。
駅までの坂を駆け下りる。雨は止んでいるけれど、アスファルトはまだ濃いグレーに湿っている。とにかく駅から自転車に乗って、中央病院に飛ばした。
受付で名前を告げて教えられた4階の病棟まで階段を駆け上がる。病棟の廊下を「走らないで」と注意されながら、415を探した。
飛び込んだ部屋の窓際のベッドに、ヤツが座っている。ぼうっとしたまま俺の方を見て驚いた顔をする。
「ヨージ、どうしたん?学校は?」
あまりに呑気な一言に、ほっとすると同時に腹が立ってくる。
「どっちがじゃ。何しとんねん!」
言いながらヨーイチのベッドに近づいた。ヨーイチは人差し指をたてて唇の前に当てると
「シィー」
と唇を尖らした。その様子にまたむかむかしてくる。
「なんやねん。何しとんねん」
少し声を抑えながら言って、ベッドの横の椅子に座った。
「見てのとおりや。右足膝下の骨折れてん。複合骨折やから入院なったわ、手術いんねんと」
ぼうっとしたままの表情で言うから、まだ自分でもよくわかっていないのだろう。
「何しとんねん。原付とあたったんか?」
「おう」
「ハッサンとこか?」
ヨーイチはこくりと頷いた。
「ハッサンとこの一本手前の角。あっこ絶対ミラーいるわ。おばちゃんが原付で飛び出して来てん。スピード出てへんかったんやけど、溝におちてしもた」
ヨーイチの幼馴染 八須賀の家は坂に上る少し手前。あの道の溝は狭くて深い。蓋を着けると掃除がしにくくなると言うけど危ない。でも高校生の俺たちにとってはどうってことないはずだ。交通事故でなければ。
「複合て、手術て、どんだけかかんねん?」
多分、まだ痛いと思うけれど、ヨーイチはそれほど辛そうでもない。もしかしたら点滴の中に麻酔が入っているのかもしれない。だからぼうっとして見えるとか。
「わからん。おまえオカンより早いやん到着」
ヨーイチはそう言って笑ったあと、真顔になる。
「なあ、ウエハラ先輩の呪いかな?」
不安そうな表情に吹いた。
「あほか。おまえがドンくさいだけじゃ。そもそもあの呪い受けるんは、模試で優秀やったやつ。おまえCやんけ。ちゃっちゃと治せ、ボケ」
アホなことを言われて、アホなことが言えるヨーイチの状態に心の底からほっとしていた。
「もう、戻るわ。生きとったからよかったわ」
椅子から立ち上がった俺のシャツをヨーイチが掴む。
「なあ、お見舞いに[BECK]全巻持ってきてえ。」
何、甘えた声だしとんねん!
行きよりは、ずっとゆっくりと自転車を漕ぎながら考えていた。今朝、ウエハラ先輩の呪いなんて話を、俺がミコとふざけてしたから・・・。そう思った自分を笑う。
「アホか、俺」
わざと声に出して言った。ハッサンの家の一本前の角は、ちょっと気をつけて渡っていた。
ハッサンの家を超えて次の角は(ミコ通)。なんとなくここでなくて良かったと思ってしまった俺は、ひどいやつや。
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