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【YO-JI 4】
ここのところ雨が続いている。じめじめと湿気が強い関西の梅雨。今年は梅雨が長くなると、今朝の天気予報で言っていた。
何回か一人でヨーイチの見舞いに行った。誰か他の見舞客がいる時は、何も言わずに帰っている。
期末テスト1週間前、いつものようにヤクルトを持って病室に入ると、ヨーイチにしばらく来るなと言われた。
「なんでやねん」
俺のシンプルな質問に、ヨーイチはため息をついた。
「テスト前やからに決まってるやろ。おまえの成績下がるん、見舞いのせいにされたらかなんからな」
ヤクルトの容器を銜えたままで。
「アホか。見舞いに来たくらいで下がらんわ」
応えて、銜えている容器を指ではじいた。
「なんか腹立つわ、その自信」
腹立つと言いながら、顔は笑っている。
「なんにしても、テスト終わってからまた来てくれよ」
そこまで聞いて気づいた。
「おまえ、期末までに退院できへんの?」
俺の問いかけにヨーイチは頼りなく笑う。
「ラッキーやろ」
言葉と違って、不安そうだった。
「中間どうやってん?」
ちょっと泣きそうな顔で言った。
「ボロボロ」
「はあ?おまえこそ、漫画読んでんと勉強せい!期末、追試形式でも受けれるかもしれんやろ。卒業できんようになっても知らんぞ!」
ヨーイチは、珍しく素直に頷く。
「俺も勉強するから、おまえは俺の分もがんばってくれ」
「イヤじゃ、おまえは自分で勉強しろ!ほんでチャッチャと治せ。文化祭の合わしも、ここではできんやんけ」
ヨーイチの顔がパッと明るくなる。ほんまにエレベ好きやなあ。
「文化祭、出てくれるん?」
「おう、二人やけどな。まあしゃーない。ナニやる?」
「〈Jumpin' Jack Flash〉やりたいなあ」
「古!」
「だって初めてオマエとやった曲やん、中学の時。俺、初めてベース覚えた曲やもん」
〈Jumpin' Jack Flash〉は、親父のスコアだった。中学の頃、バンドやろうって集まったけど中古の楽器を買ったら金が無くて、スコアは親父の書斎から拝借した。
勝手に書斎に入ったことは怒られたけど、スコアの束を持って行ったことは親父はちょっと嬉しそうやった。
*
期末試験は順調に終わった。ヨーイチは結局、試験までに退院はできず、多分追試になるんだと思う。俺は予定どおりヤマもばっちり当たったし問題ないだろう。
今日は見舞いに行こうと思っていたときに、キーやんに地学室に呼ばれた。
地学室にまだキーやんはいなかった。アンプに繋がないエレギで、〈Jumpin' Jack Flash〉を弾いてみる。久しぶりだけどスコアが無くてもソラで弾ける。多分、ヨーイチもそうだろう。
地学室の扉が開いて、キーやんが入ってきたことに気がつかなかった。
「懐かしいのやってるな」
キーやんの声にちょっと驚く。
「ヨーイチが文化祭でやりたいねんて。なに?」
「おまえ、学校では敬語使えよ」
キーやんは、ちょっと小突いてくる。
「人前では使うやん。なに?ヨーイチとこ行くし、はよして」
キーやんはちょっと息をついた。
「その件。しばらくヨーイチの見舞い禁止な」
キーやんはこちらを見ずに言う。
「なんで?」
「ヨーイチのとこの親御さんが気にしてはんねん。受験前の高三のおまえらが、見舞いに来て時間使うこと」
「はあ?なんじゃそら?見舞いに行ったくらいで受験失敗するんやったら、行かんでも落ちるわ」
あほらしすぎて、エレギを置いた。
「俺もそう思う。でもあいつの親御さんの立場に立ったら、そう思うのもしょうがないやろ。おまえらがもしあかんかった時に、ヨーイチも親御さんも後悔しはったらあかんやろが。まあ、あとちょっとであいつも退院できるやろしな」
キーやんは、俺のエレギを持つとシャンシャンと鳴らした。まだ、納得のいかん俺をチラッと見て、
「今日は山本先生おらんし、アンプ繋いでもええぞ」
と言ってエレギを俺に返してくる。
受け取って
「あほくさ」
と呟いた俺の頭を軽く小突いた。
「周りの方がピリピリするんや。ヨーイチもわかっとるから」
そう言って地学室を出て行った。
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