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【MICO 5】
日誌を書いていたらちょっと遅くなった。塾の時間を気にしながら階段を駆け下りていた。
と、2階の踊り場でギターの音が聴こえる。エレギ!地学室だ。きっとヨージが弾いてる。しかもアンプに繋いで。
迷うことなく地学室へ向かう。近づくだけ音が大きくなる。扉の前で深呼吸をしてから、少し開いた。
思ったとおり。ヨージが一人でエレギを弾いている。そっと開けたつもりなのに、こちらに気が付いてしまった。
少し笑ってくれたみたいに見えたけど、勘違いかもしれない。できるだけ音を立てないように中に入って扉を閉じた。
それほど大きな音ではないけれど、やっぱりアンプに繋いだ音は聞いてても心地いい。きっと奏でているヨージはもっと気持ちいいんやろうな。
演奏が終わった。胸の前で小さく拍手する。
「どーも」
そう言ってヨージはアンプのスイッチを切った。
「いい曲。なんて曲?」
気持ちのよい調べは知らない曲。
「〈Aquarius before dawn〉」
「初めて聴いた。誰の曲?」
「〈PGS〉っていう関西のバンド。インディーズやから、知らんわな」
頷いた。そんなに音楽詳しいわけじゃない。
「関西の〈PGS〉や、東京の〈The P〉、名古屋の〈GG〉とか、インディーズにはええバンドがようけあるんや。特にこの3バンドのエレギは大好きやな」
ヨージはそう言って、アンプのスイッチを入れてまた少し弾く。
「これは東京の〈The p〉の曲。」
さっきの曲とは、また違った雰囲気。
「どっちもプログレ。ミコ、プログレ聴く?」
「プログレってどんなん?」
「プログレッシブ・ロックの略」
「ごめん、わからへん。でも気持ちいいね」
「ヨーイチはあんまり好きちゃうねん、ハードな方がええらしい。俺はプログレも好き」
そう言ってヨージは立ち上がるとまた奏でてくれる。
私は頭の中で、“プログレ”って言葉を何度も繰り返して覚えようとしていた。
奏で終わったヨージに拍手を送りながら聞いた。
「ヨージもギタリストになるん?」
私の質問にヨージは目を見開く。
「まさか!俺のギターなんてヘナチョコすぎや。プロになんかなれんわ」
そう言ってから椅子に座る。
「音楽で食べて行くんと違うん?」
私の質問に、ニヤッて笑って
「食べていくよ。それが夢やし目的や」
そう言って、またギターを触った。
「スイミーって知ってる?」
急に言われてすぐにわからなかった。
「スイミーって絵本の?」
「そう」
「小さい魚がひとつに固まって、大きい魚に見せる話でしょ?」
「そう」
答えてヨージはギターを置いた。
「あれがしたいねん」
そう言って私の方を向く。
「ジャンルに関係なくインディーズとかで活動してるバンドは、めっちゃあるねん。ミコの進むクラシックはあんまり知らんけどな。インディーズや小さいレーベルってなったら星の数や。でも小さいレーベルやインディーズはやっぱり宣伝とかあんまりできへんからな。そこがメジャーレーベルとの違い。そやけどそれぞれに個性やこだわりがあるから、それ変えてまで縛りがある大きいとこに行きたないって人らも多いんや。もったいない話や。出逢いたいと思ってる人間は、きっといろんなとこにようけおるのにな。俺、音楽業界でスイミーしたいねん。小さいレーベルやインディーズが自分らの個性持ったまんまで、世界中の人に知ってもらえる場所作りたいねん。俺の言う音楽で食べていくっていうのは、そういうこと」
私を見てなのか、本当は見ていないのかわからない状態で一気に言ったヨージは、そこでなんだかはっとした顔をする。
「今の話、ナイショな。誰にも言わんといて。てか、ミコも忘れて」
そう言って、あからさまに視線を逸らせる。
「なんで?ステキやん、ヨージの夢」
ヨージはやっぱり視線を逸らせたまま
「夢なんて、語った時点でカッコ悪いわ」
そう言って、またギターを持った。
「そんなことない!有言実行したらいいやん。私なんか夢とか持ってへんもん。わからへんもん。自分が何をしたいんか、なんで音大行くんか。だからすごいなあって思った。でも質問、そやのになんで理系行くの?そんなにやりたいことはっきりしてるのに」
私の質問にヨージは空を見る。
「なんでも技術や思うねん、これからはな。経済も社会的なことも。技術の進歩によって何かが動く。そやからどんなシーンでも、そのことがちょっとでもわかってるんは大事や思う。俺はギター続けることで、音楽に関係する人との絆は作れる。理系行くことで、そういうことわかる人らとの繋がり持ちたいとかな。・・・しもた、またしょうむないこと言うてしもた。タマにもヨーイチにも言うなよ」
「わかった」
そう答えて、人差し指を唇に当てた。ヨージはそんな私を見て少し微笑んで、またギターを持つとアンプのスイッチを入れる。そして奏で始めた。
〈Jumpin' Jack Flash〉。この曲なら知ってる、一年の時の文化祭で好きになった曲。
体育館のメイン舞台でギターを弾くヨージの姿にときめいた瞬間を思い出しながら、もしかしたら私はヨージの夢を知っているたった一人になれたのかと思うと頬が熱くなった。
誰にも言わない、絶対言わない。好きな人と二人だけの秘密を持てたことが、嬉しくてドキドキしていた。
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