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【YO-JI 5】
結局、1学期の間ヨーイチは学校に戻ってこなかった。明日は終業式や。
ヨーイチのクラスのやつに確認したけど、詳しい説明はなかったらしい。何度も送っているメールもここのところ返信がない。
地学室で、タマになんか知らんか聞いてみる。
「あんたが知らんこと、私は知らんわ。ヨーイチのクラスの子に聞いたん?」
「なんも言われてへんみたいやな。俺、今日ヨーイチの弟の行ってる小学校行ってくるわ。あいつの家、共働きやから放課後学級入っとんねん。四年やからなんかわかるやろ」
「ヨーイチにメールしてるやんね、当然。返信ないの?」
「あのボケ、読んでるかどうかもわからん」
タマは笑わないで言う。
「繋がらない状態になってるとは思いたないな」
「繋がらない状態?」
ぼうっと言ったタマはちょっとハッとしたみたいに言った。
「そもそも病院で携帯あかんやん!」
あわてて笑ったみたいで気になった。
駅の数で言うたら、俺の二駅先。中学の時に引っ越したヨーイチの新しい家は行ったことないけど、弟の学校は聞いたことがある。
校門の前に立つ卒業生でもない俺を、門を出ていく子供らが怪しげに見た。そういう時代やからしゃあないけど、俺、変質者に思われてるんかな、小学生に。
ほどなく、怪しいお兄ちゃんを確認するために先生が出てくる。ごっつい若い男やった。俺はちゃんと頭を下げて挨拶をした。
「なんですか?」
あからさまに怪しみながら言われた。いや挨拶されたらせえよ。
その時、門の奥から助けの声が。
「ヨージやんけ、何してんの?あやまってんの?」
救いの神、陸斗。おまえに会いに来たんや。
陸斗の救いで、俺は学校の中に入れてもらえた。裏庭のうさぎ小屋の前のベンチに、陸斗と並んで座る。
「オレに会いに来たん?」
陸斗はタメ口。俺、お兄ちゃんのお友達やからね。
「兄ちゃん、まだ入院してんのか?中央病院おれへんかったけど」
もちろん中央病院には行った。でも個人情報とかで何も教えてもらわれへんかった。
陸斗は短い足をぶらぶらしながら、
「兄ちゃんはヒショチのオジサンとこで勉強してる」
と言った。
「避暑地のオジサン?」
なんか聞いたことある。おばちゃんの弟が長野でペンションやってるって言うてた。あそこか?
「リハバリや」
リハバリ・・・・リハビリか?
「リハビリやろ」
ちょっと笑って言ってしまったのが気に障ったようや。陸斗はベンチを降りた。
「ヨージ!エレギとエレベとどっちがカッコエエか言うたろか?エレベや!マナちゃんもエリちゃんも、エレベや言うとった!エレギよりエレベがカッコエエんじゃ!」
陸斗はそう言って、運動場の方に走って行った。
なんじゃそりゃ。
とりあえず、陸斗のガールフレンドがマナちゃんとエリちゃんやいうことと、ヨーイチが長野におることはわかった。
陸斗がお兄ちゃんのことを尊敬してることも。
ええなあ、ちょっと。兄弟て。
わかったようなわからんような状態で、俺は自転車を漕いでいた。
そもそもなんで長野やねん?退院してオジサンとこのペンションで受験勉強か?邪魔やろ。ペンションって、かき入れ時ちゃうん夏休み。そやったらもう帰ってくるな。
しかしなんで返信せえへんねん、あのボケ。長野に電波がないことはないやろ。
・・・ペンションやのうて、病院におるんか?電波入れへんとこて。
日の暮れるんが遅なったから、まだ明るいけどもう6時半や。腹の虫だけは正確やな。
もし病院で、病室でメール見られへんのやったら昼間にメールせなあかんな。
うちの学校は変に厳しいとこあって、学校行ったら携帯は回収される。授業中に触らせへんためらしい。俺はめんどくさいから帰るまで預けっぱなしやけど、職員室行ったら休憩時間は返してもらえる。
明日は終業式やから昼前に終わる。終わったらメールして、電話してみよ。
終業式のあと、すぐにメールをしたけど、やっぱり返信はない。
念のためにミコとタマからも送ってもらったけど、そっちにもなかった。
「あかんね、ヨーイチ、どうしたんやろ」
ミコの呟きは不安を纏っている。
「私、明日からしばらく九州やから、なんか連絡あったらメールして。私に来たらメールするわ」
タマは毎年、夏休みの頭から九州のばあちゃんの家に行く。タマの言葉に頷いて三人で地学室を出た。
自転車置き場に行く前に、職員室を覗いてキーやんを探したけど姿はなかった。まあ講師が終業式には来んか。
担任に聞いたら、2学期には来るやろと呑気に言うたあと、
「人の心配してんと勉強せいよ。夏期講習8月1日からやからな」
と返ってきた。カスや。
なんかイライラしたから、バイト先のハコに寄った。夜のライブの人手が足らんとヘルプを頼まれる。
ホールのドリンクサービスやけど、ガンガンのロックバンドで聴いてるだけでスッとした。
ベースがチョッパーのことをスラップと言った時に、ヨーイチを思い出す。
明日、家探しに行ってみよ。ミコあたりなら年賀状とか出してるかもしれんし、ほんだら住所わかるし。
ミコも一緒に行くって言うかもしれんと一瞬思った俺は、サイテーやな。
過ったサイテーな思考のためにミコにメールできんと家に帰ったら、ポストの中に夕刊と一緒に一枚の葉書があった。
ヨーイチから!
葉書て。
(連絡できんとごめん)
文面はそれだけ。それ以外はなんじゃこらな内容。
(【招待状】)
きったない字ででっかくそう書いてある。
(夏休みの始め夏期講習始まる前に避暑地にご招待←一泊!タダ泊
長野県〇〇〇〇 ××駅に来てね~!
7月26日PM14:00 改札の右手電話ボックス前集合。迎え行くし)
なんじゃこら?わけわからんし。
しかも葉書て。やっぱりメール繋がらへんとこに・・・。
でもご丁寧に乗るべき電車の時間も書いてある。
(あんまり電車の本数ないから。遅れたらアウトやからな。)
って注意書きも。
長野県に14:00。こっち何時に出なあかん?
あいつが何を考えてるのかさっぱりわからん。とりあえずメールを打った。
(はあ~~?ふざけてる?葉書て)
?マークの文章やのに、しばらく見ていても返信はこない。やっぱりメール見れんとこにおる可能性が高いな。
ちょい待てよ。26日って明後日やん!
*
乗ったことない電車を乗り継ぐだけでも結構緊張した。駅の状態もわからんし、なんとか最後の大糸線に乗って初めてほっとする。そこで漸くメールを見る余裕ができた。
ヨーイチからの返信は来ていなかった。
窓の外の風景はただ田んぼが続いている。
そこで携帯のバイブ。タマから。
開くと、
(がんばれ( ̄▽ ̄))
なんじゃ?
指定の××駅は小さな駅だった。改札はひとつしかないから迷うこともない。
ホームには、夏休み向けの高原の宣伝ポスターが貼ってある。ただ草原の緑と、空の青だけのポスターはシンプルだ。でもホームの端からずっと貼ってあるのを見ていると、ふとその草原に立っているような錯覚を感じる。この草原の真中で、青空の下でヨーイチと奏でたら楽しいやろな。寝転んだら気持ちええやろな。そんなことを考えながら改札に向かった。
ヨーイチのへたくそな招待状にある待ち合わせの電話ボックスに着いた。迎えに来るって書いてた。多分、招待先はおじさんのペンションやろ。
車で迎えに来てくれるんかな。リヤカーつき自転車とかやったら笑うな。そんなことを考えていたとき、背中から声が聞こえた。
「ヨージ?」
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