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【MICO 3】
私たちの学校には変な校則がある。
〈雨の日は自転車通学禁止〉
やっぱり坂のせいだと思う。傘を差してあの坂を自転車で登るのは危ないから。つまり、今日はヨーイチヨージの勝負はお休み。
家を出てすぐから雨水を含みだしたスニーカーから目を反らした。その時、前方の坂へと続く道をヨージ?!傘、差してない。スカートに跳ねが上がるのも忘れて走っていた。
「ヨージ!」
背中のギターケースに、コンビニの白いビニール袋を被しているヨージが振り返った。
「おはよ。どうしたの?傘は?」
近づいて自分の傘を差しかける。
「おう。コンビニでぱちられた」
私が差しかけた傘をちらりと見る。
「風邪ひくやん、入って。学校行ったら置き傘の折り畳みあるから」
そう言って、もう一度傘をヨージの方に傾けた。
「サンキュ。そやけどミコが濡れるやん」
「大丈夫。これ65センチやから」
二人で並んで坂に向かった。これってもしかしたら相合傘!そう思ったとたん、心臓が暴れはじめる。
「ごめんな。俺、差す」
ヨージの手に傘を渡す。傘泥棒に感謝したくなった。でも、今日は朝から雨が降っている、きつくはないけど。ヨージの傘を盗った人はそこまでどうしたんだろう。
「雨の日は電車?」
「いや、駅までチャリ。コレ持ってこの時間の電車はなあ。駅前のコンビニでパン買うて出てきたら傘なかった」
「ビニール傘?」
ヨージは頷いた。
「もしかしたら、間違えはったんかも」
「えっ?ばちられたんじゃなくてか」
「うん、だってみんな朝から傘差してはるんちがう?雨降ってたし」
「そうか。そうやな、けったくそ悪かったけど、スッキリしたわ。ありがとう」
ヨージはそう言って笑いかけてくれた。傘まちがった人、ありがとうやよぉ。
ちょっと会話が止まる。黙って歩いた。こんな時はいつもはタマがなんか言ってくれるから。ヨーイチも。もしかして二人だけって初めてやん!どうしよ、そこに気がついたら緊張してきた。
「なあ、なんであかんか知ってる?雨の日の自転車」
ヨージも何を話せばいいのかわからないのかもしれない。唐突にそう言った。私の方は見ずに。
「えっ?校則?」
まぬけな返事になったと思う。
「そう。その校則できた理由」
「えっ?私ら入学する前からやん」
「そうそう、それなんでか」
「それは知らん」
ヨージは私の方を見て、ニヤッて笑って言った。
「ウエハラ先輩の話、知ってる?」
それは知ってる。ほとんど都市伝説みたいに話されてるアレだよね。
「OBにウエハラさんっていう男子がいて、この坂でケガをしたってヤツ?」
「そーそー。あのウエハラ先輩のせいやって」
「あの都市伝説のせいってこと?あれが事実やったん?」
「そーそー。そのウエハラ先輩の事故のあと、この坂で自転車でケガするもんが続出したから、あかんくなったって」
「そうなん?」
学校の校則がそんなことでできたのか?そもそもいつ?そんな疑問を持った私をヨージはおもしろそうに見る。
「あれ、どんな話やっけ?」
「ウエハラ先輩の話?」
「うん」
ヨージは一度傘を持ち直して、背中のギターを担ぎなおした。
「最終模試で国立K大A判定やったウエハラいう人が、センターの2週間前にこの坂で自転車でコケて右手首骨折した。もちろん試験はあかんかった。そのまま彼は浪人したって」
うわ、ありそうなところが。
「それから、毎年模試で優秀やった自転車通学者がこの坂でなんらかの事故にあって、まともに試験受けられへんようになってたんやって。それでウエハラ先輩の呪いちゃうかって、お祓いして、校則できてんて」
「ウエハラさんって亡くなったん?」
「知らん」
「えっ、お祓いって」
ヨージはクスクスと笑う。もしかしてからかったん?
「なんでその話と校則が結びついたんよ」
ちょっと拗ねたみたいに言った。
「キーやんに聞いた」
地学講師のキーやんはうちのOB。ちょっと待ってよ。
「キーやんが学生やった頃からの話?キーやんって何歳なん?」
「28歳。キーやんが学生の頃もあの校則あって、ウエハラ先輩の話を自分の先輩に聞いてんて」
ヨージはまた笑った。
「ウエハラ先輩ってさあ、死んでへんねんから、もうええオッサンや思わへん?一浪してK大行ったかもしれんし、あかんかってももう就職して、そんな賢い人やったらそこそこの役職とかついてたりしてな。お父ちゃんやってはったら、俺ら呪ってる場合やないと思わへん?」
ヨージはなんだか嬉しそうに笑う。
「そやのにいつまでも校則で、それを都市伝説みたいにみんな言うててさあ、おもろい場所やと思わへん、俺らの学校」
ヨージはなんだか嬉しそうに笑った。そしてあなたもこうして歩いてる。
なんだか嬉しそうな楽しそうなヨージからふと目を離すと、もうすぐそこに校門が見えた。この坂がもっともっと長ければいいのにと思ったのは、入学して初めて。
「ヨーイチも歩いてくるん?」
なぜヨーイチのことなんか言ってしまったんだろう。会話を続けたかったのかな。
「あいつもチャリ。坂に入る前に、うちの生徒やないけど幼馴染の家があって、そこに自転車置かしてもろてる。駅よりだいぶ乗ってこれるしな」
ヨージがそう言ったとき、
「おはよう!なに?相合傘?」
背中からタマの元気な声がした。校門につくまで声をかけずにいてくれたのかもしれない。
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