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「君の全てに答えるよ。君は強い人間だ。僕のいなくなったあの学校で生きていかなくていい。君は僕を忘れない。あの日抱きしめた事も、僕の匂いも声も僕への気持ちも、何一つ忘れない。忘れさせて……たまるものか」
最後にぎゅうと音がする程、彼は少女を抱きしめた。彼の口から溢れたエゴが少女の鼓膜を確かに揺らした瞬間、心の水風船がぱちんと音を立てて割れる。朝焼け色の筆先が落ちた先は暗闇だったのに、少女の目から溢れた涙は朝日を浴びてキラキラと輝いていた。
「忘れないで、いいんですか」
「うん。忘れないで」
「言っても、いいんですか」
「うん。君の声で聞きたいよ」
「先生、私、先生が大好きです。ずっとずっと、大好きです」
「ありがとう。僕も君が、
大好きだ」
朝焼け色に濡れたまつ毛も、上気した温かい頬も、そっと啄んだ唇さえ、何もかも美しかった。
世が明ける。
世界が目を覚ます。
彼はそっと少女の手を取ると、橋の上、同じ方向を向いて歩き出した。
その日2人の行く道を照らしたのは、言葉が必要ない程に美しい朝焼けだった。
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