彼の証明

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 明朝、空が白みかけた頃。山も川も空もまだ目を覚ましていなかった。静かに微睡んでいるような風がゆっくりと2人の間を通る。  朱音橋には彼と少女以外には誰もいなかった。まだ薄暗い中、少女は彼を見つけるとハッと息を飲む。その瞳は驚きに満ちていて、彼は照れ臭そうに短くなった前髪を弄った。 「せん、せ……」 「似合わない?」 「切ったんですか?」 「君の絵の彼は僕より随分と短かったから。少しでも近づきたくて」 「ごめんなさい……誰にも気づかれたくなくて、真逆の印象を描いたんです」 「うん。だから君も僕も、もう誰にも気づかれない」  彼は少女の緩やかにウェーブがかった栗色の髪を一房すくって口元に当てる。彼女の美しいまでにストレートな黒髪は既に失われていたのに、その髪は変わらず愛しかった。 「私達、全く同じことを考えてたんですね」 「そうみたいだ。でも、君のその髪も、ストライプのワンピースも、凄く似合ってる」 「先生も似合ってます。短い髪も、ジーンズもTシャツも」 「それはよかった。若作りしてるだなんて言われたら橋から飛び降りようと思ってたんだ」 「ふふ」  口元を隠してくすくす笑う少女は変わらず美しい。  それに心底安堵した彼はゆっくり彼女の腕を引くと、その両腕に閉じ込めた。彼女の抱いていたスケッチブックを挟み、2人の体温が混ざり合う。  少女が小さく息を飲む音が聞こえた。 「最後に教師として君の質問に答えたい」 「……はい」 「好きに良いと悪いがあるか。答えはある。それは自分自身を傷つけ、時には周りをも巻き込んでしまう。危険な橋をたった1人で渡る覚悟がなければ、決して抱いてはいけない」 「……っ」 「だから僕は、君の覚悟を背負いたい」 「え……?」  少女は全身の硬直をすっと和らげると上を見上げた。  彼は微笑む。山の隙間から届き始めた朝日が2人のもとまで届き、全てが紅掛空色に染まっていった。
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