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牧の自室はもぬけの殻で、私物のひとつも残っていなかった。
牧はスマホも携帯も持っていない。ならば彼の実家に連絡しようと思ったが、電話番号も住所もわからない。
そもそも彼の出自を知らないことに、今更ながら気づいた。
だって牧はいつだって家にいたんだ。里帰りもせず、ずっと家にいた。毎日ひたすら俺を世話して、学校へ送り出して、出迎えていた。
それが当たり前で、当たり前すぎて、牧が他のところに行くなんて考えもしなかった。
いてもたってもいられず俺は外に飛び出した。混乱して、錯乱して、暗いあぜ道を、明るみ始めた国道を、牧を探してめったやたらに歩き回った。
やがて体力が尽き、強烈な日差しに射抜かれるように道端にへたり込んだ。放心状態でだらだらと汗を垂れ流す俺に、近くのバス停にいた中年女性が声をかけてきた。
「ねぇ、あなた、大丈夫?」
力なく顔を上げると、中年女性はぎょっとしたように目を見開いた。
「矢野さん!?」
「……はい、……あんた誰っすか?」
「なんで、生きてるの!?」
「へ?」
「あっ、……もしかして……あなた、いくつ?」
「二十三……いや、今日で二十四か」
惰性で答えると、中年女性は、「ああ……」とうめいて、ばつが悪そうに俺を見た。
「私はあなたの母親よ」
なにを言われたのかわからなかった。しばらくして、ようやく言葉の意味を理解した。
「かあ、さん……?」
「……そう呼ばれる資格はないけどね」
蓮っ葉に言って、彼女は痛そうに顔を歪めた。
「あんた、似すぎよ。あのひとに……」
「……なんで俺を捨てたわけ?」
別に責めたかったわけじゃない。純粋に、ずっと疑問だっただけだ。
彼女は小さく首を振った。
「捨てたわけじゃないわよ。あんたは最初から私のものじゃなかったんだから」
「え?」
「契約だったのよ」
「契約って……なんだよ、それ」
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