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発育が遅く病弱な俺は、当時、双子は不吉とされていたこともあり、母屋の裏に建てられた小屋に閉じ込められた。
両親は俺に会いに来ない。たまに双子の弟がやってきたけれど、かけてくれる言葉は罵倒ばかりだった。
「お荷物」「邪魔なんだよ」「早く死んじゃえ」
そう言われても仕方がないと思っていた。
ろくに動かない手足。ひょろっとした身体。ただ食べて寝るだけの自分は、この家にとって邪魔でしかないだろう。だけど、
「おまえの世話をしてる桂史も、おまえと同じで辛気臭いよな」「当然か。乞食あがりだものな」「父様の情けで拾ってやったけど、卑しいからとてもうちの使用人にはできない。だけど、ごみの世話役にはぴったりだ」
桂史まで貶されるのは許せなかった。
しかし弟の性格からして、言い返せばさらに暴言を吐いてくるだろうことは容易に想像がつく。唇を噛んで耐えるしかなかった。
桂史は俺の手を握って、目を閉じてうつむいていたが、弟がいなくなると、「真守様、大丈夫ですか」と気遣うように声をかけてきた。
「私は大丈夫だよ。慣れているからね。……だけど、すまない。私のせいで、おまえまで悪く言われてしまう……」
「気にしないでください。俺は平気です」
「でも……」
「俺は、真守様のそばにいられるだけで幸せなんです」
屈託なく笑う彼がいたから、俺は生きていられた。
彼が語ってくれる話だけが楽しみだった。
俺はよく熱を出したが、薬なんてもらえない。彼が野山でとってきた薬草を煎じて俺に飲ませ、熱心に看病してくれたおかげで大事に至らずに済んだ。
長年小屋から出られなかったせいで筋肉はさらに減退し、とうとう手足が動かなくなった。
栄養も足りておらず、どこもかしこも骨が浮き出て、青い血管がぼこぼこ出ている。おそらく目も落ち窪み、頰はこけ、ひどい容姿をしているだろう俺を、桂史は、この世の誰より美しいと言ってくれた。
映像にノイズがかかった。頭の中に、文字がザッピングのように入り込んでくる。いつか読んだ文面がよみがえってくる。桂史の声で再生される。彼の視点で、情景が浮かび上がる。
「真守様は、この世の誰より美しい」
だって真守様は、必死に生きている。
こんな惨めな境遇でも懸命に生きている。
その命の輝きがたまらないほど美しかった。
ひたひたと涙を湛えながらも一滴たりとこぼさず、憂いを帯びながらも輝きを失わない瞳。のぞき込むと満天の夜空を仰いでいるような心地になる。途方も無い虚しさを、悲しみを内に秘めて、それでも他者を思いやり優しく微笑むことのできる尊き人。その精神に、俺は、崇めるべき神を見た。
神は、最も弱き者に宿る――じいさまの言葉を思い出す。
真守様は、俺の神だ。俺だけの神だ。
彼のことならば信じられる。心身を捧げられる。彼の助けになれるなら、どんなことでもしよう。彼に尽くすことが、俺の幸せだ。
「兄様、これまで酷い扱いをしてごめんよ」
あの夏、久しぶりに真守様の弟が小屋にやってきた。息子の誕生祝いの酒を振る舞いたいという。
「これで仲直りといこうじゃないか。さぁ、遠慮せず飲んでくれよ兄様。桂史、おまえもお飲み」
俺は警戒した。だが家を継いで当主となった彼に逆らえば、ここに居られなくなる。
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