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俺は、幸せだった。
彼が野を駆ける姿を見るだけで泣きそうになった。勉学に励む姿、恋をする姿、……切ないながらも、嬉しかった。
やがて時勢が変わり、百姓たちの暴動で屋敷を失った俺たちは、藤助の縁故を頼って長崎へ向かった。
そこで守継様は才を発揮した。聞きかじりで覚えた外国語で通訳の職を得て、あっという間に財を築いた。
そして妻を娶り、まもなく人の親となるとき、病にかかって急死した。
「守継様!」
俺は彼の遺体をかき抱き、夜通し泣き続けた。
朝になって子が産まれたと報を受け、産屋にいる守継様の妻のもとを訪れた俺は、彼女が抱いている赤子を見るなり、膝から崩れおちた。
その赤子は、真守様だった。
守継様の妻は、夫の死を悲しんだ。
俺はそんな彼女を支え、ともに新たな真守様を育てようと思っていた。
だが女の本能は敏感に、異常を感じ取ったのだろう。
「この子は、私の子ではない……我が子として見ることができない」
気味悪そうに言って育児放棄した彼女に、初代の真守様の親を重ねた俺は、彼女に金を渡して屋敷を去らせた。
俺が、三代目の真守様を育てる。
今度こそ守るのだ。
……そうして繰り返す。
二十四歳になると、真守様は命を落とす。
そしてその魂は、彼の子に引き継がれる。
真守様の死を見るのは耐えられなかった。運命を変えようとあがいた。だが、どうやっても無慈悲な神は彼の命を奪い取り、その魂を次の器に入れてしまう。
ならば器を作らせまいとしたが、冷酷な神の手に邪魔をされて悉く失敗し、子が生まれてしまう。
俺は徐々に諦めるようになった。
いいじゃないか、これで。
二十四年間でも、真守様は生きている。
見た目が少し変わっても、俺にはそれが真守様だとわかる。
何度も彼を育てられる。
ずっと一緒に居られる。
その最期を看取るとき、俺の胸はいつも新鮮に引き裂かれたが、悶絶する痛みを呑んででも、真守様と生きていくことを選んだ。
生まれてくる子は真守様の面影を継いでいた。
そんな我が子を腕に抱いた母親たちは、本能的に、その魂が我が子のものでないと気づくのだろう、誰ひとり息子に愛着を示さなかった。
歴代の真守様はその才覚で若くして財をなし、自分に何かあれば妻に渡すよう、俺にまとまった金銭を預けていた。
まだ若い彼女たちはそれを手に、愛情の湧かない子を置いて、新たな人生を歩んでいった。
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