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「ぁあ……んっ、」
「真守様……」
「桂史……」
青年の顔がどアップになった。かと思うと、真っ暗になった。どうやら目を閉じたらしい。唇にぴとっと何かが触れた。押し付けられたこれは……この感触は……
き、キス!? おおおおおお俺のふぁ、ふぁっ、ファーストキスがぁぁぁぁ! 結婚するまで取っておく予定だったのにっ、あ、ちょっと、あそこに同時攻撃はやめてっ! 童貞いじめないでっ! このケダモノっ!
「真守様……っ、お嫌なら、そうおっしゃってください」
嫌だよ! イヤ! いやに決まってんだろバカ! どこの世界に見ず知らずの男にこんなことされて喜ぶ男がいるかよっ! おまえイケメンだけど、だからって何しても許されるわけじゃねぇんだからなっ! ほら俺、早く嫌って言えよ! 日本男児の心意気をみせろ! せぇのっ、いーやーだ!
「桂史、私は、おまえにしてほしい……」
ほーら、どうだ、言ってやったぞきっぱりと! ……ん? してほしい……?
「おまえに、抱いてほしいよ……」
なんということでしょう。男にこんなことされて嫌がるどころか、やられたがる男がここにおりました。
ちょっと待て俺っ! 童貞喪失する前に処女を喪失する気かっ!? 早まるな! 俺はモテないわけじゃない、まだ本気だしてないだけだ! 次の誕生日がきたら本気出す予定だったんだ!
ゴクリと喉を鳴らした青年が、うやうやしく俺の脚に触れてきた。何度か確かめるように肌を撫で、意を決したように股の間へ指先を伸ばす。
一気に血の気が引いた。
いや、身体は発熱してるみたいに火照ってるけど、心はハイスピードで氷点下だ。
「や、やーめーてぇぇぇぇーーー!」
「うん、辞めたいなら辞めていいよ」
店長の声に、現実に戻ったことを知った。
「て、店長、ちが、いまのは俺の……じゃなかった、ご先祖様の貞操の危機で仕方なくっ!」
俺と同じブルーストライプの制服を着た小太りの店長は、俺を押しのけて、レジの向こうに列を作っている客たちに深々と頭を下げた。
「大変申し訳ございません。ほら、矢野くん、君は袋入れして!」
熟練の手つきで商品のバーコードをスキャンしていく店長に肘でつつかれ、俺はむっすりと商品をビニール袋に詰めていった。
「矢野くん、君ね、これで何回目だと思う?」
客がいなくなると、店長は丸い顔をモチのようにぷっくり膨らませた。
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