95人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ
寂しい感情は共鳴する。必要とする者同士は引きつけられる。
私の前には、生き疲れた女性たちが現れる。
一揆や戦争で家族を亡くしたり、家族に捨てられたり、どこにも居場所のない女性たちが。
私は彼女たちに契約を持ちかけ、情のない性交をした。
そして、子供に本来宿るべき魂を追い払い、自分がそこに収まった。
……おまえが、赤ん坊を見捨てられない優しい人間だってわかってたから。おまえが自ら命を断てないように。『魂が本来辿るべき道』に戻ろうとするおまえを縛り付けるために。
「おまえを苦しめても、俺は、おまえと生きることを望んできたんだよ……」
その罪悪感から逃がれるために、私は、思い出すことを拒んでいた。にじみ出てくる記憶はただの夢だと思い込んでいた。
けれど、終わりが近づくと、命をつなぐためにそれらの記憶を認める。そしてまた新たな命を得たなら、都合よく忘れるんだ。
おまえが繰り返し与えてくれる優しさを、重ねられる愛情を、無心で受け取っていたかったから。
なんて冷酷なわがままだ。
罪深い。
そして私はさらに罪を重ねた。
祠の下に隠されていたおまえの秘密を、おまえの苦しみをすべて知ってしまっても、もう一度生きることを選んだ。
もう子は成さない。これで最後だ。最後だから、思いきりおまえに甘えよう。やりたいように振る舞おう。それでおまえに幻滅されてもいい。……されたほうがいい。そうすれば、おまえは心置きなく私……俺から離れられる。
そんな無意識下の思惑に反して、おまえは、最後まで俺を愛してくれた。
俺は、最後までおまえを苦しめてしまった。……けれど、これでよかったのかもしれない。これだけ罪を重ねたら、きっと俺も天国に行けない。おまえと同じところに落とされる。
屈んでいた身体がぐらりと横に傾いた。散乱した紙の上に横倒れになる。身体に力が入らない。目の前が暗くなっていく。空気が薄い。沈んでいく。深海へ潜っていくように。光が遠のいていく……
意識を手放しかけたとき、記憶の底から、泡がふわりと浮かび上がってきた。やさしく俺を包み込み、上にある光を目指す。潮騒に似た声が、止まりかけた心臓を震わせる。
――あなたが元気に長生きすることが、私の願いです。
指先が動いた。紙を掴んで握りしめ、まぶたを開く。
生きなければ。
おまえの願いを、叶えなくては。
この命は、全うしなければ。
「ふっ、う……ッ、」
涙と鼻水を垂れ流して首を振る。
嫌だ。このまま眠りたい。おまえのいない人生なんて生き地獄だ。頼むから、一緒に連れて行ってくれ……!
横にあった紙が、濡れた頰に貼りついた。それは一番初めに手に取った紙だった。最後に書かれた言葉が目に飛び込んでくる。
――俺の魂には、あなたの存在が深く刻まれている。あなたと別れることは永遠にない。
「ッ……!」
牧の温かな眼差しが脳裏によみがえる。
俺の成長をやさしく見守ってくれた牧。
身体に気をつけろ、長生きしてくれと口うるさく言っていた。最後の最後まで言っていた。
……なぁ、牧。
俺、さんざんおまえを困らせてきたよな。
おまえの最後の言いつけくらい守んなきゃ……ダメだよな。
ガチガチ鳴る歯を食いしばり、立ち上がる。
紙をもとに戻して扉を閉じ、石を置いて、祠に背を向ける。
俺、生きるよ。
これまでのどの俺にも負けないほど頑張って生きるよ。
大丈夫、寂しくない。
俺の魂にも、おまえが深く刻まれている。
おまえはずっと俺の側にいる。
……なぁ、そうだろう。
心の中で語りかけて、朱い木漏れ日のなかを泳ぐように、よろよろと歩き出した。
【終】
最初のコメントを投稿しよう!