タイムスリップラバー

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うだうだ考えて現実逃避しているうちに発砲音は遠くなっていた。 ほっとして、茂みの中で動きを止める。 失血のせいか、頭がくらくらする。 ひいじいちゃん、頑張ってくれ。 現代に自分がいることが、曽祖父が生還することを証明しているが、願わずにはいられない。 俺が飛んでいられるのは約一時間。たぶん三十分以上経ったはず。もうすぐ現代に戻れる。……短い間だけど痛みを引き受けてやったからさ、あとは自力で頑張ってくれよ、ひいじいちゃん。 じっとしていると、足音が聞こえた。身体が硬直する。ゆるやかになりつつあった心臓がバクバクと騒ぎだす。 敵兵か!? おそるおそる茂みの間から覗き見ると、若い女性がいた。モンペをはいてリュックを背負った彼女は、辺りを伺いながら、俺がもと来た方角へ歩いていく。 そっちはダメだ! 「おい、君……!」 彼女はびくっと身を竦ませ、きょろきょろと周りを見回した。 「ここだ、茂みの中にいる」 彼女の視線が俺を捉えた。日本語だから敵兵ではないとわかったのか表情をゆるめた彼女に、早口で伝える。 「そっちへ行ってはダメだ。米兵が大勢いる。行ったら殺されるぞ」 「で、でも、従姉妹のところに行かないと……まだ夜明け前で暗いから、見つからずに行けるはず……」 頭の中に、炎に包まれた家々の映像が浮かんだ。 直感的に、それが、彼女の従姉妹が暮らす集落だとわかった。 「……この先の集落は、米兵に燃やされた。君の従姉妹はもう生きていないだろう。行っても無駄だ。帰りなさい」 彼女の凍りついた表情に、胸が痛くなった。それでも俺の口は勝手に続ける。 「この島は、ほぼ全土が戦場になっている。従姉妹の死を嘆くのは当然だが、そうする暇があったらさっさと帰って身を隠すんだ。生き延びろ……従姉妹の分も」 彼女は唇を噛み、ボロボロと涙をこぼしながら、こちらへ歩み寄ってきた。茂みの前でうずくまり、嗚咽をあげながら言う。 「帰る……とこは、もう、ない。うちの村も、焼かれた……」 そうか、彼女がこんな時間、従姉妹のところに向かっていたのは、従姉妹を頼って身を寄せるためだったんだ。 不憫に思った。励ましたい気持ちを裏切って、口が勝手に叱咤する。 「泣くな。泣いてはだめだ。泣いたやつから死んでいく。生きるんだ。辛くても、何がなんでも生き延びるんだ。……私も、生きる。無様に地を這っても、生き……る、」 失血のせいか視界がかすむ。こちらを覗き込む彼女の顔が、男の顔に見えた。思わず手を伸ばす。 「……いきて、かえる、から、けい……」 伸ばした手が、大きな手に包まれた。 驚いて瞬きをすると、見慣れた顔が俺を覗き込んでいた。 「真守様、寝言と歯ぎしりの音が、部屋の外まで響いておりましたよ」
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