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窓から差し込む夕日が、部屋を鮮やかなオレンジに染めている。どうやら俺は歯を磨いたあと夕方まで爆睡し、ついでにタイムスリップしていたらしい。
牧の手を払って言い返す。
「……歯ぎしりなんかしてねぇ」
「どうしてわかるのです?」
「あご全然疲れてねぇもん」
「それはあなたのあごが頑丈だからでしょう。……昔は少女のように可憐だったのに、ゴリラのように成長してしまって……時の流れは残酷ですね」
「うるさい、俺を鍛えたのはおまえだろうが。『鍛錬は長生きの秘訣です』ってガキの頃からさんざん筋トレさせられたんだから、そりゃゴリラにもなるっての。でも俺がゴリラならおまえはギガントピテクスだからな」
十万年前に巨大すぎて絶滅したゴリラの名を出すと、牧はくくっと笑った。
「ゴリラになっても、あなたは可愛いですね」
「うるせぇ」
「……本当に、可愛い」
声音に甘さが混じった。それを敏感に感じ取った俺の心臓は、たちまちドクドクと体温を上げていく。
「牧……」
俺を見下ろす瞳は、夕日を受けて熱く潤んでいる。そこに揺らめくなにかを追いかけようとするけれど、牧から発せられる空気が、内に蓄えたものをぎりぎり押しとどめているような緊張感が、息苦しくて、俺は気道を確保するように、あごを少しのけぞらせた。顔の距離が近くなる。罪の香りが、鼻先をかすめた。
牧はどこか怯えたように、俺から離れた。
「夕食の用意ができておりますので、居間へどうぞ」
そう言って、ドアの向こうへ消えていく。
俺はしばらく天井を眺めてから、のろのろと上体を起こした。
「あ……」
ふと思い出し、自分の太ももに触れてみる。当然だが、怪我はしていない。
「……なかなかヘビーだったな。ひいじいちゃん、あの後どうなったんだろ。まぁ、俺がここにいるってことは生き延びたんだろうけど。……もしかしたらあの女の人が助けてくれたのかもな。あの人が俺のひいばあちゃんだったりして」
ブツブツつぶやいて立ち上がったとき、ひいじいちゃんの言葉を思い出した。
――……いきて、かえる、から、けい……
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