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「帰って、会いたい人がいたのかな。その人が、俺のひいばあちゃんかな。けい……」
――桂史
ふとその名が浮かんだが、まさかと打ち消す。
あいつは男だ。……いや、でも、男を抱こうとしてたから、その線もアリなのか? アリ……
不意に、牧の熱い眼差しを思い出した。ぞくりと走った甘いしびれを振り払うように首を振り、思考をもとに戻す。
いや、だとしても、ひいじいちゃんとは時代が違うだろう。
俺は、何度も飛んだ経験から、年代の醸す空気をなんとなく感じられるようになっている。
桂史に抱かれようとしていた俺の先祖は、もっとずっと前だ。ひょっとしたら天保十二年より前かもしれない。……あれ、そういえば、なんで俺と同じ名前だったんだろ。
「……あーもう、いい加減、頭おかしくなりそうだぜ」
どうせ飛ぶならもっと楽しいとこに行きたい。そもそもなんで過去限定なんだ。未来に行かせてくれ。宝くじの当選番号か競馬の結果見たら戻るから。そう考えて、机の上にある薄っぺらい財布を見やる。
今月のお小遣いは、原付の修理代に消えた。先週のはじめ、運転中にタイムスリップして転倒したのだ。幼少期から鍛えている頑丈な身体はかすり傷ひとつ負わなかったが、バイト代が入るまで細々と過ごさなくてはならないのは痛い。
「だいたいもう大学生なのにいまだにお小遣い制ってどうよ……って、仕方ないか。大らかな俺より、細かい牧が管理したほうがいいもんな」
先代らの遺産は、俺の後見人である牧が管理しており、適宜に与えますと言われている。
牧は自分のことを後見人ではなく執事だと主張するが、俺は牧を執事とは認めていない。だいたい、純和風の木造屋敷に執事なんて似合わない。
牧は、俺の後見人であり、……たったひとりの家族だ。
俺の父さんは俺が生まれたときに死んでしまったらしく、母さんは生まれたての俺を置いて蒸発したらしい。
両親のいない俺を育ててくれたのは牧だった。
学校行事にも欠かさず来てくれた。運動会では、保護者参加の徒競走でぶっちぎりの一位だった。ものすごく自慢に感じた。勉強だって先生よりわかりやすく教えてくれた。おかげで塾にも行かずに国立大学に受かった。
僕には両親がいないけど、牧がいる。
だから寂しくない。
「あ゛あああああああ!!!」
気が触れたような叫び声に身を竦ませた。
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