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昔ながらの商店街、その一店舗にスポーツ用品店がある。40年近く続いているこの店は、飯島敦が受け継ぎ5年目となっている。20代後半までは都心に出てやっぱりスポーツ用品を扱う企業に勤めていた。30代が間近に迫ったある日、実家から徒歩5分にある商店街の、スポーツ用品店が店じまいをすると聞いた。店主が高齢で受け継ぐ子も孫もいなかった。幼い頃からスポーツ用具を買うために通っていた店がなくなることが嫌で、飯島敦は上司に引き留められるのも聞かず、親の説得も聞かず、友人の助言にも一言も耳を貸さず辞表を出して受け継いだ。仕事では経理と事務をやっていたから何とかなるだろうと思っていたが、販売や営業となるとさっぱりだった。
「だから言ったろう。お前に商売は向かないって」
「もう、それは聞き飽きた」
商店街のスポーツ用品店、もとは、大村スポーツ用品店と言う名前だったが、今では飯島スポーツ用品店と名前を改めた。古くからの顧客や学校、教育関係、地元のスポーツ団体の契約も受け継げたから運が良かった。それでも黒字とは言えない毎月の経営に頭を悩ませていた。
スーツを着た友人がにやにや笑いながら、敦の店で油を売っている。経営コンサルタントとかいう仕事をして、いくつかの再生不能と言われた企業を復活させたらしい。俺のところはまだ大丈夫だっつーのと言ったら、甘いと言われた。
「お前の店は古くからのお客さんがいるし、立地としても恵まれている。だけど、それで胡坐かいたらあっという間に倒産だぞ」
「うるさい」
昨夜電卓を叩いて出した数字を思い出し、思わず身震いをした。受け継いでたった5年だ。店をたたむなんて死んでも嫌だった。
「俺が言ったこと、ちゃんとやってるか?今はネット使わないとダメだかんな」
「やってるやってる。滅茶苦茶がんばってる」
にやにや笑う友人に下唇を突き出して、滅茶苦茶を強調する。HPをつくりメルマガも出し、LINEも導入して割引もやっている。こまめに配信するメルマガは意外に好評だった。だけど友人はそれでは気に入らないらしい。何が気に入らないんだ。確かに儲けたいけど欲は欠くなというだろうが。ぶつぶつ文句を言う敦の頭を友人が軽くこづいた。
「それだけじゃ甘いんだっつーの。動画配信も使え」
「動画ねぇ。何、配信するんだよ。用具の使い方とか?」
気が乗らないという風に答えれば、友人は鼻で笑う。
「そうじゃねえよ。お前にはとっておきの切り札があるだろう」
はっきり言って自分は平凡な男だ。スポーツは好きだし、愛好家を増やしたいとも思うが何か特技があるわけでもない。友人の顔をきょとんと見ているしかできなかった。
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