1人が本棚に入れています
本棚に追加
飯島スポーツ用品店には、連日、お客様があふれかえるようになった。ただし、みんながみんな、スポーツ用品を買いに来るわけじゃない、お客様の年代も子供から大人、年金暮らしのご老人、専業主婦の奥様方が買い物帰りに立ち寄ってくださる。おかげで毎日大忙しだった。
「よう!俺のアイディアは当たったようだな」
「すまんな。奥でお茶でも飲んでてくれ」
中学の野球部たちがそろって頭を下げる。見慣れぬ男に、先ほどまでのにぎやかさが嘘のように静かになった。
「邪魔してわりーな。後で帳簿見せろや」
「お前にコンサルタントされるほどおちぶれてねーっつーの」
友人同士の軽口をたたき合ってから、野球少年たちと先ほどまでの話題に花を咲かせる。TVで観た野球選手、コーチ、果ては海外の選手やチームまで、有名な選手からマイナーだけど良いプレイをする選手、中学生には難しいかもしれないがスポンサーのことまで話し始めた。俺は昔からスポーツのこととなるとこれでもかというほど口が回る。授業時間にふざけた先生が、サッカーのことについて話せと指名し、授業をまるまるつぶしてしまったほどだ。しばらく野球の話をしてから、今度はバスケットボールの話題に移る。さすがに野球ほど話は広がらないが、バスケのプレイの中にも何か得るものがあったらしい。俺の話を聞きながら、そのトレーニング方法使えるかもな~なんて笑っていた。ひとしきり話してから帽子を取り爽やかな挨拶をして去って行く。野球少年たちが帰った後、友人が湯のみを手にひょいっと顔を出した。
「にぎやかだったな~」
「もう少ししたら。近所のじーさんたちが来るさ。今度はeスポーツの話で盛り上がる」
「俺にはさっぱりわからねぇ」
「eスポーツ、最初は邪道だと思ったが、あれがなかなか良いもんだ。孫との交流にもなるって喜んでた」
俺がイキイキとしてお客様と話した内容を語るのをにやにやとしながら聞いている。思わず顔が赤くなった。
「スポーツの話ばっかで悪いな」
「いいじゃねーか。ここはスポーツ用品店。少なくともエステに通いたい人間は来ない」
これは俺の悪い癖であり、趣味であり、ライフワークでもある。俺はスポーツが好きだが、運動神経はからきしだった。しかもどのスポーツも大好きで、渡り歩いた部活は数知れず、自分はプレイするのは向いていないと悟った時はどれほど悲しかったか。向いているスポーツを探し回った挙句、結局、スポーツの情報を収集するために帰宅部を選んだくらいだった。
「お前のオタクっぷり、こえーなと思ったこともあったけど、ばっちり役に立っているじゃねーか。どっかのスポーツ記者まで参考にしているらしいぞ」
友人は奥に引っ込むと、ノートパソコンを取り出して敦の前に出す。数日おきに配信してる動画が再生されていた。今ではお宝扱いされているグッズを紹介したり、国内外の選手の紹介をしている。スポーツ用品店の店主が勝手にくっちゃべるという企画を友人が立てて俺が実行した。誰も見ないだろうと思った動画は意外に当たり、今では少額ながらお金も入っている。動画を観た人間が店にも来るようになりスポーツの話題で盛り上がるようになった。大儲けと言うわけではないけど、じりじり売り上げが上がっている。
「スポーツ雑誌も、自分で集めたデータも捨てられなくてな」
幼い頃から集めた雑誌やグッズ、溜め取りしたビデオはDVDに焼き直し、さらにデータにして保存している。写真やポスター、家族から不評でどれだけ捨てろと言われたか。泣きながら死守したのも良い思い出だ。
「このままだと博物館でもできそうだな」
「まっさか」
げらげら笑いながらそれも悪くないと脳裏に思い浮かべる。自分が年老いてこの店をたたむなり、誰かに譲るなりした後、小さな博物館を開いてそこの館長になるのも良いかもしれない。夢がまだまだ広がることに驚きつつも嬉しかった。
「ありがとな。助けてくれて」
「ここのスポーツ用品店は俺も好きだったんだよ。お前のせいでつぶれるのは哀れだ」
「つぶれる言うな!」
友人はひとしきり話した後、また様子を見に来ると言って帰っていく。夕日が入り口から差し込んで眩しかった。大好きな街で大好きな店で大好きな話をする。こんなに恵まれたことはない。お金の心配もなくってきたせいか、そろそろ嫁さんが欲しいと思うようになっていた。子供がいて、犬か猫がいて……。
……金、どんだけかかるだろう?
今度、友人に相談してみるかと大あくびをしていると、数人の男性の声が聞こえてきた。eスポーツに関して何を話そうかと今からわくわくしていた。
最初のコメントを投稿しよう!