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遡ること3日前、彼氏に振られた。結婚式1週間前、会社も結婚するからとやめていたのに、理由も深く語られないまま振られた。
同棲もしていたため、家も会社もその他諸々、多くを一瞬にして失った。
傷心で引きこもっていたが、急にそうだ、旅に出よう、どこか遠くへ行こうと決意し、私は財布とスマホ、少しの着替えを持って電車に乗った。
見知らぬ街で降りた時、一人の青年と出会った。
「あの…」
「はい?」
声をかけられ振り返ると、目を輝かせた青年が立っていた。
「やっぱり、僕が見えるんですよね」
ナンパか…うざいな。
「あの、あの!ちょっとだけ話聞いて!」
「うるさいなー、なんなんの!?」
私は彼を腕で押そうとした。いや、押したはず。でも、私の手は何も触れなかった。
「え…?」
私は初めて彼をちゃんと見てみた。
…ああ、これが最近話題の透明感ある男子。なるほど、透明すぎて足なんてもう見えな…い…?
「っ」
私は息を大きく吸った。
「口を手で押さえて!」
とっさのことで彼の言葉に従ってしまった。
正解だったかもしれない。私は危なく、人通りの多い駅で一人急に叫ぶはめになるところだったから。
まあもうすでに少し怪しい人となりつつあるけど。
「落ち着いて、僕は幽霊ではあるけど、怪しいものではないです!」
…ある意味妖しい存在だろ。
「…こっち」
私は駅を出て外のベンチに座った。
「あなたは何?なんなの?」
「んー覚えてないんですよね。記憶なくて、気付いたら駅にいて。死んだんですかね?僕のこと、誰も見えてないらしくて」
彼は悲しそうに笑った。
「私霊感あったんだ」
「どうしてあなただけ僕が見えるんでしょうね。…生前僕と会いました?」
「会ってないと思う」
「そうですか…」
彼はまた悲しそうに笑った。
なんか子犬みたい。実家で昔飼ってた犬思い出すな。
「お姉さんはこの街の人なんですか?」
「んーん、違う。傷心旅行でたまたま来ただけ」
「傷心?何かあったんですか?」
「婚約者に結婚式間近で振られたの。理由もよくわからないけど、家も追い出されて…」
言ってて悲しくなってきた。
「お姉さんはその彼氏さんのこと忘れたいんですか?」
「そうだね。もう顔も見たくないし…って私の話はいいでしょ」
彼は顎に手を当て少し考え事をしているようだ。
「ちなみに、お姉さんどれくらいこの街に滞在します?」
私は財布を確認した。
「1週間くらいかな」
「お姉さん、1週間だけでいい。僕の彼女になってくれませんか?」
私は首を傾げた。
「え?」
「ダメですか?」
「ダメっていうか、急になに?」
「僕は記憶を取り戻したい。というか、出来るなら成仏したい。そのためにはたぶんお姉さんの力が必要だと思うんです」
私は立ち上がった彼を見つめた。
「うーん、そんな気もしなくはない、気もする…?でも、付き合う必要はなくない?」
「どうせなら、綺麗なお姉さんと付き合ってから成仏したいなーって思って。お姉さんは彼氏さんのこと忘れたいんですよね。利害は一致しているかと」
彼はニコッと笑った。…可愛い。
「でも…」
「僕もあなたを利用するし、あなたも僕を利用してください」
「…」
…人としてここで見捨てたら結構終わってるよなこれ。これは断れないのでは?
「僕、この街なら観光案内できるし、ダメですか?やらしいこともしないです。てか霊なんで出来ないんで!」
彼は私に近づきガッツポーズでアピールしてきた。
「なんか余裕あるね」
「余裕っていうか、ちょっと嬉しいんです。どれくらいかわかんないけど、ずっと駅に一人で誰にも気づいてもらえなかったから」
「…いいよ。彼女、なってあげる」
「本当ですか!」
彼は目を輝かせた。自然と頭を撫でようとしたが、すり抜けてしまった。
彼はまた悲しく笑った。
「君、名前は?」
「んー、覚えてないです」
「じゃあーポチで」
「ポチ!?なんでですか!?」
「実家で昔飼ってた犬と似てるから」
「生まれ変わりだったりして。でもポチは嫌ですよ!逆に彼氏がポチも嫌でしょ!」
「確かに。…じゃあ、ミナトは?」
彼はぶつぶつと呟き何度か頷いた。
「ミナトでお願いします!お姉さんの名前は?」
「私はマキ」
「マキさん、1週間よろしくお願いします」
「あ、こちらこそ」
彼とエア握手を交わした。
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