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そうしておれは、その男とイルミネーションを見るためにバーを出た。
雨は、傘を差すほどではないくらいに小降りになっていた。
――霧雨だった。
そこはイルミネーションスポットといっても、大通りとはいえ、道路だった。
歩道へと植えられた街路樹には、青白い光の豆電球が鈴なりに輝いている。
雨の平日にもかかわらず、かなりの人出だった。
おれと男は手をつないだり、腕や肩を組んだりはしなかった。
デートスポットとはいえ、ただ、男が二人で並んで歩いているだけだった。
周りからは、特に怪しまれていなかっただろう。
と言うよりは、周りは誰もかれも、他人なんて見てやしなかった。
――イルミネーションを見に来ているのだから、当たり前だった。
男が一言、つぶやく。
「あぁ、きれいだ――」
「・・・・・・」
バーでの『商談』の際に、男の声は聞いていた。
大してうるさくもないバーでも聞こえづらい、ボソボソとした声だった。
それとは、全く別物だった。
おれではない、今、ここにはいない他の誰かに語り掛けているような、シミジミとした口調だった。
何故だか、悲しくなった。
切なくなった。
おれにとっては、イルミネーションはただただまぶしいだけだった。
だから、黙っていた。
白く小さな光の集まりを見上げている男の横顔を、おれは見る。
こめかみにはチラホラと白髪が生えていた。
濡れたイルミネーションの白っぽい灯りに反射して、同じくらい白く輝いていた。
眼鏡の奥の目尻にはシワが寄っていたが、切れ長のきれいな目元だと思った。
いい歳をした、おっさんなのに――。
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