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ブランコとベンチしかない、小さな公園が在った。
表の大通りの人込みがまるで嘘のように、そこは無人だった。
おれは男の手首を放して、言った。
「要らない」
「どうして――?」
男の質問には答えなかった。
その代わりに、おれが男に質問した。
「その金で、本当は何を買うつもりだったんだ?」
誰に、と聞くだけ無駄だと思ったから、言わなかった。
でも、男にはちゃんと伝わったようだった。
少しだけ笑いながら、
「腕時計を。――指輪は、着けられないから」
と、男は答えた。
「・・・・・・」
そこまで考えていて、どうして?
おれは、心の中で叫んだ。
指輪でも何でも、贈ればいいだろ‼
もしおれだったら――、喜んで貰ってやる!
堂どうと、左手薬指に着けてやる‼
おれは、財布を握りしめたままの男を眺めた。
どこからどう見ても、くたびれたおっさんだった。
さっきのイルミネーションの光にはかき消されそうに、今の夜の公園の暗がりには飲み込まれそうに見えるほど、儚くて頼りない姿していた。
手付けの一万円は、返してもいい。
だから――、
「抱きしめたい。あんたのこと」
「え・・・・・・」
本当は、体も心も全て抱き止めて包み込みたいけれども、無理だと思った。
今はまだ、おれには無理だと思った。
だけど、――だから、せめて抱きしめたい。
おれは思ったままに、両腕を広げた。
「ありがとう」
財布を仕舞った男がおれの腕の中で微笑みながら言ったのは、おれへの言葉だった。
確かに、おれへの言葉だった。
終
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