第1章 流されガール、丸め込まれる

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 その許可が下りた翌日、私は早々に果歩に事情を説明することにした。  どちらも残業の予定がなかったから、タイムカードを押した後に社内で待ち合わせをして、一緒に近くのカフェに向かう。  果歩はすでに噂を知っていた。  まさかと思い、そろそろ直接話を聞こうと考えていたらしい。 「ええっ、恋人のフリ!?」 「そうなの。あと果歩ちゃん、もうちょっと声、抑えてください。付き合ってないことが噂になっても困るらしいので」 「な、なんじゃそりゃ!」  話についていけないとばかり、果歩はオーバー気味に頭を抱えた。  大袈裟だなぁと笑いつつ、私はアイスコーヒーをひと口啜る。雄平と別れて以降、フリーを満喫する気満々だった私を果歩は知っているわけで、その反応は分からないでもない。  それに、まさか沓澤代理が、という衝撃も大きかったようだ。  そのショックについては私も十分共感できる。そういうことを言い出しそうにないタイプだと、私だって以前はそう思っていたのだから。 「ひどいことはされてないから大丈夫。そのうち関係自体が解消になると思うし」 「な、なんなの……あたしの知らない間になんでそんな話になってるの……」 「いや、なんていうか……うまく断れなくて」 「そっか、いつもの悪い癖がまた出たってことね。まったく、押しに弱い那須野さんは本当にもう!」 「う、うん。誠に申し訳なく……」  ぺこりと頭を下げると、果歩は困ったように笑った。  そして、「なんかされたらすぐ言いなさいよ、あんたはあたしが守る!」と、まるで私の彼氏かと思うほどに頼れる発言を賜った。果歩が男性だったら、私は果歩と付き合いたかった。  果歩は、私の性格の残念な部分も、きちんと知ってくれている。  内面を見てほしい、どうして誰も見てくれないの――他人に素を見せたがらないわりに、そうやってひとりで悶々と落ち込んでしまうところ。そういう自分に、自己嫌悪を抱きやすいところ。後は、なにごとにおいても基本的に押しに弱いところ、だろうか。  入社後、果歩には新人研修の時点で見破られた。だからこそ、果歩にだけは自分から積極的に内面を見せてきた。  職場という限られた箱の中に、ありのままの自分を見せられる人がいるのは、ともすれば簡単に自分を責めたり嫌ったりしてしまいやすい私にとっては幸運だった。 『なんかされたらすぐ言いなさいよ』  ……大丈夫。多分、果歩が心配しているようなことは起きない。  私は単にそういう係なのだ。余計な接触――特に社内の煩わしいそれを食い止める防波堤。曖昧な噂の種火に油を注ぎ、沓澤代理が日々を快適に過ごしやすくするための係。  その代償として、私も身の安全を保証されている。短い時間とはいえ、沓澤代理の隣を歩く私には、雄平はおろか男性の誰もがプライベートで声をかけてこない。気楽だ。  それに、休日にまで沓澤代理の隣を歩かなければならないわけではもちろんない。  慣れてしまいさえすれば、それなりに気楽なポジションなのではないかと思う。所詮、期間限定の関係だとはいっても。
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