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ターゲット《真那》
友佳のお葬式は、友佳の両親が
学校関係者の弔問を拒否した為に、
同級生である闇子たちも、お線香も
あげさせてもらえないまま、1週間が過ぎて行った。
いじめの主犯であるはずの
山崎瑞希は、何の罪も問われる事も無く
平然と学校へ来ていた。
**********
「ねぇねぇ! 半年以内に呪い殺すって本当に出来るのかなぁ? 血文字で遺書に書いてあったってテレビで言ってたよね? 瑞希たちのグループって何人だったっけ?」
昼休みに、闇子の隣の席で
お弁当を食べていた4人のクラスメイトが、
友佳の遺書に書いてあった
瑞希たちのことを小声で話し出した。
「いじめやってたのをトイレで見ちゃったことがあるんだけど…。確か瑞希を入れて5人だった。怖くてすぐに出て来ちゃったから、ハッキリと憶えてないんだけどね…」
クラスでは、いつも目立たないようにしてる小柄な赤井マリが、ヘラヘラ笑ってからその時の様子を思い出して少し身震いしていた。
「そりゃそうだよ。瑞希とは、目を合わせるのも怖いもん。獲物にされたらたまったもんじゃないし、それでも一応担任には、相談してたんだよ。あんまり酷いから、なんとか助けて下さいって!」
委員長の長谷川睦美が更に小声で、他の3人に顔を近づけていじめを先生に密告していたのだと打ち明けていた。
「私も両親に話した。なんとか助けられないかなって…。でも、瑞希の親ってあれじゃん…。警視庁の凄く偉い人なんでしょ? だから、親は私に関わるなって言ったんだよね」
副委員長の松井裕子は少し涙声になっていた。
「本当に友佳が呪い殺してくれたら良いのに…。あの人たち、懲りずにまた獲物見つけていじめやってるみたいだし、今度はうちのクラスの子じゃないみたいだけど。昨日、トイレで見ちゃったんだよね」
マリと同じで、いつもクラスでは目立たない山口佳苗が、近くに瑞希に通じる生徒が居ないことをキョロキョロと周りを見回して確認してから話していた。
その4人の後ろを、血だらけの友佳がフラフラと歩きまわり、淋しげに自分たちの話を聞いていたなんて、まったく4人は気付いてなどいなかった。
瑞希たちへの恨みで我を失い。恐ろしい怨霊になってしまった友佳の姿が、闇子の瞳にだけはハッキリと映っていた。
闇子には…物心がついた頃から、何故か普通では見えないはずの物が視える。
これが闇子の悩みの種だった。しかも、友佳のような怨霊化した化け物だけが何故かハッキリと視えてしまう。どうせなら、死んでしまった両親が視えれば良いのにと闇子は泣いたりもした…。だが、叔父夫婦が闇子のこの能力を信じてくれていたので、少しは彼女も救われていた。
********
教室を暫く彷徨っていた友佳は、多分瑞希たちを探して出て行ってしまったようだ。視えるだけで何も出来ない闇子には、怨霊化した友佳を傍観するしかこの時は出来なかった。
昼休みが終わり、始業の鐘が鳴って午後の授業が始まった。
陽当たりの良い窓際の後方の席に座っている闇子は、授業が始まってすぐにうとうとと、瞼が重くなって眠気と格闘していた。
…その時だった。
「キャーーー! イヤァーーーーーー! 来ないでーーーーーー!!」
廊下から、その眠気も吹き飛ばすカン高い女子の泣き叫ぶような声が聞こえて来て、闇子が驚いた勢いで立ち上がって教室の前の廊下の方を見たら、瑞希たちのグループの内の1人の神埼真那が全速力で走って、凄い形相をした友佳から逃げていた。
…友佳の復讐劇が始まったのだ。
「何? 今の? 神埼さんだったよね? どうしたんだろ? すっごい顔して走って行ったよ!」
クラスメイトがほぼ全員、廊下に身を乗り出して叫びながら逃げる真那を見て叫んでいた。
「皆さんは、このまま教室で自習してて下さい! 先生が行って確認して来ます!」
英語の村井晶子先生が、そう言って真那を追いかけてすぐに教室から出て行ってしまった。
「あれって…。もしかして友佳の…? 友佳の幽霊に追いかけられてるんじゃ…」
先生が出て行った後は、自習なんて出来る状況では無く。
廊下に出て様子を伺ったりしながら、誰もが友佳の遺書のことを思い出して教室全体がザワザワしていた。
そんな状況を我慢しきれなくなった瑞希が、怖い顔をして立ち上がった。
「幽霊なんて居るわけ無いでしょ! もしかして、あんたたちそんなもの信じてるの? 馬鹿じゃないの! 人間はね、死んだら終わりよ! 気分悪いから帰る。弥生も帰るよ! 委員長、先生に言っといてよね!」
瑞希はそう言い放つと、鞄を持って腰巾着の安倍弥生を連れて教室から出て行ってしまった。
*****
(ハァハァハァハァハァハァハァハァ……なんで? なんで? なんで?)
廊下を全力で走って逃げながら、神埼真那は考えていた。
死んだはずの友佳が何故視えるのか?
血だらけで凄い形相の恨みの籠った顔のとても恐ろしい友佳が何故?
(ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ!)
そして…。真那は、走馬灯のように思い出していた。
友佳を瑞希たちといじめていた時の事を……。
「助けて!」と叫ぶ友佳を無視して、洋式トイレの便座の中に2人が友佳の頭を押し込んで、その背中を蹴り続けて笑っていたのは真那だった。
許して……助けて……。そう泣き叫ぶ友佳の言葉なんて聞かなかった。
ただ、その姿が真那は面白おかしかった。
それも1度だけでは、無かった。
何度も…何度も…瑞希たちといじめを繰り返していた。
真那にとって友佳は、ただの獲物でしか無かった。
(ハァハァハァハァハァハァハァハァ……)
(怖くない……幽霊なんて……居るわけ無いんだから!!)
歯を食いしばって恐怖に堪えながら、真那は必死でそう心の中で叫んでいた。
《ユルサナイ!! ユルサナイ!! ユルサナイ!! ユルサナイ!! ユルサナイ!!》
耳元で友佳の声が聞こえた。怒りや恨みの籠った友佳の声が……。
そして……。
(嘘!? ここって……やだ……そんなはず……)
(ハァハァハァハァハァハァハァハァ)
全力で走っていたので、息が切れて頭が回らない。
校門へ向かって逃げていたはずなのに、真那は友佳をいじめていた高等科1階にあるトイレの中にいつの間にか逃げ込んでいた。
(助けてください! 許してください! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ!)
真那は必死に心の中で叫んでいた。その瞳にいっぱい涙を溜めて。
あまりの恐怖に腰も抜けた状態だった。
そして……。真那のすぐ後ろで友佳の声がした。
《ユルサナイ!! ユルサナイ!! ユルサナイ!! ゼッタイニユルサナイ!!》
真那が振り返ると、洋式トイレの中から無数の手が伸び、その手は真那の頭を鷲掴みにしてそのまま真那は引きずり込まれて洋式トイレの中に消えてしまった。
************
教室では、授業が終わっても…先生が誰1人戻って来なかったので、委員長と副委員長が職員室へ様子を見に行くと大変な騒ぎになっていて、2人は慌てて教室へ戻って来た。
「神埼さんが消えたらしいよ! 高等科1階のトイレで! 神埼さんの姿は無くてトイレの中が血だらけだったって!!」
真那が消えた女子トイレの中は、血で真っ赤に染まっていたらしい。
最初に発見した真那の担任の川島裕子先生は、その状況を目の当たりにして失神してしまったようだ。
その後は、警察が来て騒がしくなり生徒も教師も1人1人担当の警官から事情聴取をされて、解放されたのは19時を過ぎた頃だった。
「闇子! こっちだよ! 大変だったね。遅くなりそうだったから、迎えに来たんだよ」
校門の前で、叔父の佐崎龍之介が闇子を見つけて手を振って叫んでいた。
(全く、過保護なんだから)
龍之介を見て闇子は、大きな溜め息をついた。
「そんなに大きな声で叫ばなくても、龍之介はデカいからすぐにわかります!」
お礼も言わずに闇子が悪態をつくのは挨拶のようなものなので、龍之介は笑ってごめんごめんと助手席に座った闇子のシートベルトをしながら謝っていた。
「それで? 視えたんだろう? 闇子には、友佳さんの怨霊化した姿が…」
龍之介は車を運転しながら、まるで全て見ていたような口ぶりで闇子に聞いて来た。
「追いかけてた…。凄く怖い顔をして…。真那を友佳が追いかけてたけど…私には何も出来ないから…」
そう言って闇子が俯いていると…
龍之介は、そっと闇子の頭を撫でてただ黙って頷いていた。
*****
翌朝、闇子が目覚めてリビングへ行きテレビをつけてみると…。
もう、すでに昨日の真那の様子がどのチャンネルに変えても騒がれていた。
トイレの中に残されていた血痕は真那の血液型と一致したらしい。
自殺した女子高生が遺書に残した通り、自分をいじめていたグループの1人をトイレの中から連れ去ったのか?
…なんてことを、大の大人が真剣な顔で話していた。
(所詮は他人事だもんね…)
闇子はテレビを消して、込み上げてくる怒りを深呼吸して静めていた。
そして、学校からの連絡がLINEでまわってきて、今日1日臨時休校になったことを確認した闇子は、自分の部屋へ戻ってもう一眠りすることにした。
(私には関係ない)
…そう自分に何度も言い聞かせて、ベッドに入って目を閉じた。
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