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【蛙は注意深い足どりで凹みにはいった。そして彼は、これで大丈夫だと信じたので、凹みから顔だけ現わして次のように言った。
「俺は平気だ」
「出てこい!」
山椒魚は呶鳴った。そうして彼等は激しい口論をはじめたのである。
「出て行こうと行くまいと、こちらの勝手だ」
「よろしい、いつまでも勝手にしてろ」
「お前は莫迦だ」
「お前は莫迦だ」】
凹みに立籠もってから、三度目の夜を迎えた。
月明りがサッと目を差す度、蛙は緊張して身を縮ませる。全く影というのは、主以上に物を言うものだ。
「……ああ、何たる浅はかな策であることか」
天井に向かって溢された山椒魚の呟きは、岩壁に反射して蛙の耳に入る。……それは明らかに独り言を装った厭味であった。蛙は続く言葉を警戒して身構える。
「いつまでもそこに居られるとでも思っているのか?よく考えなさい」
「【俺にも相当な考えがあるんだ】」
蛙は小声でそう言い返すと足を組み替え、しきりに舌で目を拭った。
「ふふん。つまらん負け惜しみを言うものだ」
山椒魚は蛙の返答を鼻で笑った。そして、さっき捕らえた山女を頭から半分ばかり齧る。
つと、山椒魚は動きを止め、手に握った山女の残りを見詰めると、それを凹みへと差し入れた。
「……何だよ、これ」
「お前もいい加減腹が空いたろう?」
今までと打って変わった優しく穏やかな声で、山椒魚は蛙に尋ねた。
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