【2000字掌編】Moon blood

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「これは恋っていうより、もう運命なんだね。タクトからは逃れられないよ」  告白した僕を瞬きもせずに見上げ、カヤは子供めいたおどけた笑顔になる。    居住ドームに映された人工の夕暮れの空には、薄い月の輪がかかっていて、とても綺麗だけれども、彼女には見せたくなくて、僕はぎこちなくカヤを腕の中に抱いた。    足元に、カヤの被っていた帽子が自然に落ちた。  緩やかにウェーブのかかったアッシュグレーの髪から、白い兎の耳が飛び出ていて、僕が撫でてやると熱い温もりが伝わってきた。    ああ、生きている。それだけで幸せだった。    この耳で、音楽が音楽として楽しめるうちに記憶しておきたい。大昔のオーケストラを再現した念願のコンサートの帰り道、晴れて恋人になった僕たちは、いつまでもメロディーを口ずさみ続けた。  大丈夫、大丈夫。僕は消えない。おまじないのように心の中で繰り返す。  カヤが人間をやめてしまうその日まで。
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