02.ひそかな願いと誘拐

1/1
前へ
/36ページ
次へ

02.ひそかな願いと誘拐

 カティアの手元にはいつのまにか茶色い遮光容器があった。自分でもわからぬうちに薬を作っていたようだ。  カティアが我に返り、遮光容器の中の薬を見てみると、それは秘薬の一種だった。  この秘薬は昏睡状態の人々に用いるものだ。確かに屍人薬(ゾンビパウダー)には効果があるだろう。ここに毒素を排出する薬草も入れれば、効果覿面なのは間違いない。臨床試験をしないと詳しい薬効はわからないが、十中八九効き目があると確信できた。  ふいにカティアの脳裏にあの光景が蘇る。もう声も思い出せない両親の最期だ。流行病に侵され衰弱していったカティアの両親。父が倒れその看病に疲れた母が倒れた。とても苦しく寂しかった記憶があるが、その情景はカティアの中から砂がこぼれ落ちるように徐々に、でも確実に抜け去っていく。  もうカティアは両親の声すら忘れてしまった。でも胸の痛みが消え去ることはない。むしろ確実に刻まれていく古傷に、カティアは下唇を噛み締め小さな薬瓶をローブのポケットに入れた。  先ほどの手紙の、決して関わらないようにという文字に目を伏せながら。  カティアはいつのまにか知らない場所にいた。直前の記憶は屍人(ゾンビ)用の秘薬を作って、その器具を洗浄したところまでしかない。どうしてこんな場所にいるのか。カティアはゆっくりと立ち上がって辺りを見渡す。ここは納屋のようだ。誰もいない。カティアが立っている地面には藁が散らばっていて、長年踏み固められているようで床本来の色が見えない。この外は牧草地の一角だろうか。  納屋の中はカティアが簡単に見渡せるほどの大きさで、壁に等間隔に並べられている農具と、納屋の隅に積まれた藁しかない。  カティアはここにいても仕方がないと、納屋から出ることにした。それにしてもここに閉じ込めた人は一体どんな人なのだろう。魔女を攫うだなんて酔狂にしか思えない。しかしカティアは争いごとをわざわざ起こすこともないと思った。幸運なことに拘束もされていない。カティアが黙っていればなかったことになる。それだけの話だ。  カティアはそおっと納屋から出た。  しかしすぐさま戻った。  外には屍人(ゾンビ)が蠢いていた。  亡くなって蘇ったような人々が、これでもかとひしめいている。  時折うつろな声でうめき声が聞こえる。  それが不気味でもあり、救いを求める声のような気がした。  このおとぎ話のような光景に、カティアの身は竦んだ。  カティアは諦め寝ることにした。脱出しようとした時太陽の位置を確認したところ、太陽は西の地平線に沈むところだった。屍人(ゾンビ)にされてしまった人々は恐ろしいほど体温が低い。こん睡状態を保つためなのだろう。そのためか夜行性に近い体質になっている。  つまりこれから彼らの活動が始まる。さっと見ただけでも三十人以上いや、五十人ほどは居たかもしれない。その中をカティアが逃げ切るのは至難の業だ。彼らの活動が大人しくなって逃げたほうが確実だろう。カティアは藁の上で体力温存を兼ね眠ることにした。  しかしそれはすぐに終わった。  なぜならカティアの耳元で大きな声が聞こえたからだ。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

46人が本棚に入れています
本棚に追加