03.幽霊との不本意な取引

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03.幽霊との不本意な取引

 「おい、起きろ魔女!」  カティアは顔をしかめ体を起こした。きっとカティアを誘拐した犯人だろう。なぜこの直前で来るのか。訝しみながら辺りを見渡すが、誰の姿も見えない。カティアは自分が寝ぼけているのだろうと再び眠ることにした。    「寝るな!」  カティアは仕方なくもう一度体を起こした。するとどさりという音と共に、4~5歳程度の少女が現れた。少女は倒れていて、息が細く顔が色白かった。カティアは反射的に彼女の元に寄って手首に触れる。少女の体は妙に冷たく、皮膚もこの年頃――カティアより5歳はしただろう――にしては硬かった。カティアの脳裏に先ほどの屍人の姿がちらついた。  きっとこのままでは、この少女もああなってしまうことは想像に難く無い。  「お前、腕がいいんだろう? 直せるよな?」  「……何を言っているの? 魔女の私にこんなことを頼むというのに、姿すら現さないだなんて、どんな臆病者なのかしら」  魔女らしく冷たく言い放つと、この納屋中に笑い声が響いた。カティアにはその声がとても耳障りに聞こえ、思わず顔をしかめてしまう。  「そこにいるのは分かっているのよ、姿を現しなさい」  カティアはローブの下に持っていた白い粉を、何もない場所に投げた。するとその粉が何かに当たり、そこから煙のようなものが上がっていく。  それは粉が吹き上がったものではない。その証拠にその粉にむせるかのような声が聞こえ、人影が現れた。  「ここに俺がいるって分かってんなら言えよ」  「顔を見せない人に言う必要は感じないわね」  カティアは肩をすくめた。その青年は中肉中背といった具合で、銀杏(いちょう)の葉のような金髪に、乾燥させた薬草色の目を持っていた。カティアより3歳か5歳は上だろう。  彼は意志の強そうなその表情で――特に目が印象的だ――こちらを睨みつけている。だがそれよりも、印象的なものがあった。彼は体が透けていた。そう――幽霊(ゴースト)だったのだ。  「報酬は?」  「は?」  「当たり前でしょう? こんな危ないことに手を染めろだなんて……報酬くらい当然よね?」  カティアは魔女らしく悪どく微笑む。本来ならこの少女は助けただろう。しかしこの男が頼んできた時点で取引だ。魔女として求められたのなら、カティアにはそう振舞うことしか出来ない。それが世の常である。  「ふぅーん、魔女って予想以上に耳が早いんだな」  「どういう意味かしら?」  幽霊はじいっとカティアを覗き見た。その表情にカティアの心臓は早鐘を打つ。自分が何故か動揺していることに気づき、カティアは訝しむ。しかしそれを表には出さなかった。  「じゃあ訊くが……なんでこの子を助けることを危ないことって思うんだ?」  「あっ」  「あんた、思ったより脇が甘いな」  男がニヤリとほほ笑む。カティアはその表情に幽霊にくせに! と苛立った。しかしふと彼の姿に気付き、思わずたじろきそうになった。  自分がさらわれたという事実で、頭が回っていなかった。しかしよく見ると、彼はシャツにズボンだけという下着姿同然だった。彼は死んでいるのだから、その姿を意識することはおかしなことかもしれない。けれどもカティアはローブを握りしめ羞恥に耐えた。  しかしそんなことには気づかず、男はこう続ける。  「魔女はそのくらいじゃないとな。あんたたちは異邦人だ。耳が早くないとまずい。そういや報酬は何? って言ったよな、情報をやるよ」  「情報ですって?」  「そ、あんたたちがどこまで知っているか分からねーけど、この死んだ人間みたいな連中がいるのは王がそうさせてるからだ。自分たちに歯向かったやつらをこうして労働力にして、お前たちも次はこうなるぞってな、脅かしてんだよ民を」  男は口にするのも気分が悪いとでもいうようにいい捨てる。目は怒りでぎらついていて、カティア自身にその怒りが向けられているようだ。その目の色は苛烈だが美しい。  彼がいったことは隠れ魔女達が集めてくれた情報と同じだ。これは話の信憑性を高める話ではないだろうか。彼が魔女達とつながっているとは思えない。カティアは無事に帰ることができたら、すかさず手紙を書くことに決めた。  情報を得るためなら彼女を治療しても――屍人(ゾンビ)に関わっても大魔女達は許してくれるだろうか?  カティアの面前で少女の容態が刻一刻と変わっていく。カティアの脳裏に、おぼろげな両親の最期の姿が過ぎり、カティアは無意識に自分の手を固く握りしめる。その時こつんと手に何かが当たった。その当たった物の正体を確認すると、それはふいに調合した秘薬が入った小瓶だった。今思えばカティアが秘薬を調合したのも、この子のためだったのかもしれない。  カティアはこの子だけだからと胸でつぶやき、男に向き直った。  「その話が私たちにどう関係するのかはわからないけれど、その子は治療して差し上げます。でもそれには必要なものがないわ」  「必要なもの?」  「決まっているじゃない、薬草よ」  カティアは魔女らしく微笑んだ。
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