04.治療薬の在処と命のともしび

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04.治療薬の在処と命のともしび

 幽霊(ゴースト)は忌々しげな表情を隠さずに頭をかきむしると、「分かった」といった。本当に嫌そうな表情だ。そんな顔をしたいのはカティアである。しかしカティアの言ったことを疑う余地なく、そのまま連れて行こうとしているのは分かった。  幽霊(ゴースト)はカティアに「離れるなよ」というと、幽霊特有の力で納屋の戸を開けた。  当たり前だがそこには屍人(ゾンビ)たちがいた。もう夕暮れだ。彼らがそろそろ活発になるかならないかといったところだ。しかしそれも屍人(ゾンビ)差――個人差がある。元々感覚が鋭敏な人々は、屍人(ゾンビ)になっても変わることはない。運悪くそんな人が近くにいてしまったらしい。  彼らの濁り切った視線は霊体の幽霊を通り抜け、カティアに突き刺さる。それを肌で感じてしまい、カティアの肌は怖気だった。納屋のかすかな音ですら屍人(ゾンビ)たちは興味を抱いたらしく、そろそろとカティアに近づいていく。  すると今まで佇んでいた屍人(ゾンビ)たちや、真面目に農場の作業をしていた屍人(ゾンビ)も、こちらに気付く近づいていく。ゆっくりとではあるが、彼らは確実に近づいていく。  ただここにいられるだけでも複数でふさがれては突破するには難しい。無理に通るにしても彼らの癇に障ってしまえば、襲われる可能性がある。カティアが彼らに噛まれてしまい、感染したらここの人たちも助からないことは想像に難くない。  幽霊(ゴースト)も同じことを思ったのだろうか? 舌打ちの音をさせる。幽霊(ゴースト)はそろそろと近づく彼らに手をかざし、念をこめるかのように腕に力を入れた。  するとまるで時間が止まったかのように、彼らは止まった。とは言っても周囲の屍人(ゾンビ)達だけだが。  「……効いたか、いくぞ」  「えぇ」  カティアはつばを飲み込むと、彼らを刺激しないように静かに歩き始めた。屍人(ゾンビ)はまるでカティアの正体を知っているかのように、そろそろと手を伸ばしていく。  しかしいまのカティアでは誰も助けることは出来ないし、単純に恐ろしかった。彼らを見ていると憐れみを感じるが、それより万が一感染してしまい、治療できなくなることが一番恐ろしかった。  幽霊(ゴースト)はカティアが狙われそうになる度に、文字通り彼らの足止めをしてくれた。そんなことを数回繰り返し、何とか農場を出る。きっと暗示か何かされているのだろう。農場を出ると、カティアを追って来ようとすることはなかった。カティアはあの独特の雰囲気の中を無事に潜り抜けることが出来て、ほっと胸を撫でおろした。  しかしこれで終わりではない、あの少女を助ける始まりなのだ。カティアは自宅に向かおうとしたが、ふとそこで気付いた。  「貴方、ここはどこなの? わたくしをどこまで連れてきたのかしら」  「しかたねぇ連れてってやるよ」  幽霊(ゴースト)は呆れたようにカティアを見るが、カティアは貴方が勝手につれてきたんじゃない! とカティアは思わずにはいられなかった。  カティアの家に着くと、カティアは冷暗所で寝かしてある壺に入っている秘薬を奥から出して、遮光容器に詰めた。カティアがポケットに無意識に淹れてしまった秘薬はそこで寝かしておく。  この秘薬は時間を置くことで薬効が出る類の物である。カティアがあの場所で秘薬を与えなかったのは、少女を助けたくなかったわけではないのだ。時間をかけるからこそちゃんと処方できるようになるものもあるのである。  「準備は終わったわ」  カティアは治療に必要なものを準備すると、幽霊(ゴースト)にそう声を掛ける。幽霊(ゴースト)はその言葉でにやりと口角を上げる。彼はパチンと指を鳴らすと、上から落ちてきた少女を抱きとめて床に寝かしたのだ。  「あなた、そこまで能力が発現していたの? ならそれで来ればよかったじゃない!」  カティアがそう憤慨しても、彼はそれを気に留めることはなかった。幽霊(ゴースト)には特殊な能力があるが、その能力の度合いは様々なのだ。わざわざここまで浮遊してきたのは、瞬間移動の能力が出来ないのかと思ったらそうではなかったらしい。  「魔女様に力を使って報復されちゃ困るからな」  「いい性格してますわね」  カティアはため息を吐き気持ちを切り替えると、治療を施すことにした。  少女は今も荒い息をあげている。カティアはもう一度少女を覗き見て、顔色や脈拍を確かめる。カティアは念のために、出入りの商人から購入した最新器具の注射器で血を採らせてもらうことにした。顔なじみの商人の腕を借りて練習をしてみたが、患者に使うのは初めてだ。  「ちょっと痛いかもしれないけれど、心配はないから安心してね」  普段薬草を束ねている紐で腕を締め、カティアは血液を採取した。この血液を後で分析すれば的確な治療方法が分かるかもしれない。カティアは血液を(トレイ)に乗せ、幽霊を横目で見た。  「この子をどこで見つけたの? 治療に必要なことだからちゃんと答えてください」  カティアは怪訝な顔をした幽霊(ゴースト)に、鋭い視線を投げかける。幽霊(ゴースト)は治療に必要なことといわれると、何も言い返せなかったようで、思い出すように宙を眺める。一度中から視線を外し、カティアを見てこういった。  「さっきの農場の隅で倒れているのを見つけた。周りには誰もいなかったんだ」  「そう」  「ごめんなさいね、ちょっと傷跡を探すから服を脱がせるわ」  少女に声を掛け、カティアは彼女の服に手をかけることにした。屍人(ゾンビ)に襲われた可能性に思い至ったためだ。気が引けるがそんなことを言っている場合ではないのだ。彼女の服から見るに、農民の子供だろう。大人の服装を彼女の丈に合わせて縫われている。カティアはそこで腕の所が解れているのが分かった。先ほどの納屋は殆ど明かりがなく見えなかったため、ランプがともるここにきてようやく気付くことが出来た。  「……やっぱり屍人(ゾンビ)に襲われたみたい。腕が爪で切られたみたいになってる。きっと怖くて叫んだのかもしれないわ」  「そうか」  幽霊(ゴースト)は幼い子が襲われた事実に胸が痛んだらしく顔をゆがめる。カティアも感傷に浸りたかったが、そんなことをしている場合ではない。  「ちょっと苦しいけれど、お薬を飲んでもらうわね、心配しなくていいわよ」  カティアは彼女の頭を水平にすると口に漏斗を当て、中和剤を飲ませることにした。自分の南天のような赤い髪が降りてくるが、そんなことは気にしてられない。少女は苦しそうではあるが、意識があるためきっと飲んでくれるだろうと思う。  「ゆっくり一口づつお薬を入れるわね」  少女の目元が少しだけ安心したように緩んだようにみえ、カティアは一度安心させるように彼女の手を握り中和剤をゆっくりと飲ませた。少女はゆっくりと確実に呑み込んでくれる。カティアは勇気づけるよう声を掛けながら、中和剤を飲ませ続けた。  カティアは彼女が中和剤を飲んで安心したかのように眠ったのを確認すると、屍人(ゾンビ)に噛まれた場所を止血し軟膏を塗って、清潔な包帯でくるんだ。あとは彼女の生命力に望みを掛けるしかない。魔女だというのにこのくらいしか出来ない自分に、カティアはローブ越しに人知れず自嘲の笑みを漏らした。
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