06.依頼のレシピの作り方

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06.依頼のレシピの作り方

 「で、貴方は不特定多数の屍人(ゾンビ)を、ちゃんとした人間に戻したいと思っているのね?」  カティアはこの下着同然姿の幽霊(ゴースト)に向かって問いかける。精神的に何かと削られるが、そんなことを言っている場合ではない。引き受けてしまった以上、カティアは責任を持ってやり遂げなければならない。カティアは幾ばくか残る迷いを振り切り、彼に向き直る。  「そうに決まってんだろ? なんだ、あれか。理由を聞きたいってか?」  カティアはその言葉に被せるように言った。冗談じゃないという思いで。  「そんなこと知りたくないわ。わたくしには何も言わないでちょうだいね」  「あ、そう」  幽霊(ゴースト)はカティアの勢いに驚いたようだ。どことなく寂しそうに見てこないでほしい。カティアは咳ばらいをした。  「勿論そのためには貴方にも協力してもらうわ、まず最初にこの紙にその屍人(ゾンビ)たちのことを教えてくださる? 年齢や性別。身長とか……そういったことね」  「は? おい魔女、何人いると思ってんだ?」  「言っておくけれど、薬草を調合するのも大変なのよ。その人の年齢や性別で薬効の効き方が変わるし。言っておきますがわたくしはは直接治療薬を調合するつもりはありませんから、貴方がやってくださいませね。わたくしはこれ以上危険な目に遭う訳にはいきませんの。そのためにも詳しいことを知る必要があるのよ」  幽霊はカティアの言葉で諦めたように紙に向き直った。インクも出してやると、幽霊の力で浮かして書いていた。物体には触れられないからだろう。  カティアは彼がしっかり書いているのを確認してから、藁の上で寝ることにした。  カティアと幽霊(ゴースト)は朝になったのを見計らうと、静かに納屋を後にした。今はカティアの作業部屋である。幽霊(ゴースト)はカティアを見張るために勝手についてきたのだ。その時前払いの報酬だといって、金銀財宝が詰まった宝箱を持ってきたのには驚いたが、それでカティアは本当に逃れられないと実感した。  しかしそれでもカティアの一日は変わらない。朝には薬草と対話をし、村人用の薬の下準備をする。そして苦手な占術や天文の勉強をする。その間に治療薬のレシピをたくさん作るのだ。  素人が薬草から作る場合も鑑み、カティアはその治療薬に使う薬草を出来る限り身近なものにしたかった。しかし高価なものを使わないと調合が難しくなってしまう。カティアはその兼ね合いをどうしようかと思っていたが、念のために高めのものと、安価だが複雑なもののレシピも紙面に残した。  幽霊(ゴースト)は自分のことを全く気にしないカティアに、なんだか苛立っていたようだ。しかし自分の生活を崩さないカティアにもう諦めたようで、時折カティアの家から出て散策をしている。といってもそんなに離れていないようで時折戻ってくるのだが。  カティアは彼はもうこの世の物ではないのだから、男性としてではなく幽霊(ゴースト)としてみたほうがいいと思った。ここ数年は戦争が終わったばかりで、みな死ぬことが救いになってしまっていることが多い。そのため成仏できずに魂がとどまるということは滅多にない。あったとしても苦しみや辛さの想念が残ってしまうだけだ。  彼は一体なぜ幽霊(ゴースト)になってしまったのだろう。しかしそれはカティアには関係のないことだ。  そんな時チリンチリンと戸口の鈴がなった。きっと村人の誰かだろう。今日も村人の体調管理をするため、カティアは闇色のローブを手に取った。  カティアはその時、幽霊(ゴースト)が帰ってきたことに気付いていなかった。  思ったよりも早く、カティアと幽霊(ゴースト)と共に過ごして一週間ほどが過ぎた。カティアも幽霊(ゴースト)がいることになれ、彼がいてほしくないときには香をたいて、立ち入り禁止にするくらいには彼の存在に慣れていた。幽霊(ゴースト)は煙に弱いのだ。  カティアが幸せのひと時――朝食を満喫していると、テーブルを挟んだ真正面に幽霊(ゴースト)が真正面に漂ってきた。カティアはそれを気にすることなくスープを味わい、皿を洗おうと席を立つ。すると幽霊(ゴースト)も付いてきたのが分かった。  カティアが皿を洗っていると幽霊(ゴースト)は銀杏色の髪をかきながら、重く口を開いた。  「あのさ……」  「何かしら? レシピならもう少し待ってちょうだい。貴方からもらった情報から計算して、薬草を何とか用立てます」  「いや、そうじゃなくてよ……」  「なにかしら? これから勉強しますの、早くしてほしいですわ」  カティアは彼が言葉を選んでいることには気づいていたが、勘が悪いふりをした。魔女は気づいてしまえば、大抵契約になってしまう。相手から言ってもらうことを待つことしかできないのだ。  それ以前に相手からの言葉がないのに、勝手に想像して勘違いしてしまってはいけない。  カティアは言葉を待ちながらも、皿洗いをやめなかった。  「あんたさ、いつもああなのか?」  「何を言いたいのです? はっきり言ってくださいませ」  「ここの村人っていっつもああなのか? なんつうかここに来る時……暗くねぇか?」  「……魔女に会って明るくなる方が問題ではありませんの? 警戒心が育っていない幼い子ならまだしもですが」  カティアは皿を洗い終わり水滴を切って、布で拭き始めた。  「あんた……自分で言ってて悲しくならないか?」  「魔女は異邦人ですもの、当たり前ではありません?」  基本的に定住はせずに、異国の不思議な知識を有し、それを用いて生計を立てる。それが魔女だ。魔女の始まりは顔料を主に扱う商人が始まりらしい。  そこから様々な物を売買するうちに商人たちは様々な専門的な知識を得た。外に赴き、力仕事をするのが男。男がとってきたものを、売る品物に仕立てるのが女と、自然に役割ができていった。  それをまとめて体系付けたのが、最初の魔女の本になった。それが魔女の起こりだとされている。纏めたのはヴラスチミラという女性で、始まりの魔女ともいわれている高名な魔女だ。  そのため彼女ヴラスチミラの血を引く魔女は、純血の魔女と呼ばれることもある。商人の仕事の方が濃かった時代は、その血筋のものが中心になることが多かったが、いまは能力主義になっている。  一族間に広めるものを、商人の弟子になったものたちに口伝えで教え始め、知識が伝達されていき、魔女の存在が人々に浸透し、いまのような形態になったらしい。  そのため魔女たちの間には、旅商人の感覚が未だに色濃く残っている。定住せず、訪れた国の民たちに助けを求められたら助け、生計を立てる。  その国の許可が下りることがあれば、大々的に市場で魔女の品物が売られることもあるが、この頃はあまりないと聞く。  その経緯をカティアは師匠の魔女アスタに耳にタコができそうなほど聞かされたため、村人の態度を咎める気は全く無かった。  魔女はどこでもよそ者なのだ。石を投げられないだけいい扱いである。  カティアは疎外感を感じていることに関しては勿論、自分の意思ではなく命を助けられたために魔女になったと、彼に説明する気は無い。  「それって、寂しく無いか?」  「そう思っているのなら、魔女になんてならないと思いますわよ?」  「身もふたもないな」  カティアはもう話は終わりとでも言うように黙殺し、幽霊(ゴースト)を追い出すための香炉を取り出し彼を見た。  彼は慌てて逃げ出した。
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