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曇りのない金属製のテーブルに、様々な資料が山積みにされていた。
大小それぞれの封筒の中にはたいていディスクが入っているものだが、稀に原稿用紙を詰め込んだものもある。
「メールでの投稿も受け付けているのになぁ」
彼らはこの開封作業が苦痛だった。
こういう手間を省くために募集要項に”できるだけメールに添付して送ってください”と書いているのに、投稿者に現物がないと不安になる世代が多いのか、いまだにこうして古い手法で送ってくる者がいる。
少し前なら大半の審査員がこの段階で選考対象から除外していた。
公には投稿手段を複数設けていても、読む側としてはやはり読みやすい形式のものから審査したくなる。
そうして時間も意欲もなくなってきた頃、面倒になった彼らはタイトルすら見ることもせずに作品を落選の箱に投げ入れるのだった。
しかし今は少し事情が異なる。
読むのはもはや彼らではない。
以前は審査員として業務に当たっていた社員は、こうして郵便物の仕分けを延々とこなすだけ。
ディスクや紙原稿をひとかたまりにして数名の専門家に渡す。
新たに審査員となった彼らは受け取ったそれを目にも止まらない速さで読み取っていく。
同時に脳の別の場所では複雑な演算が行われ、あらかじめ組み込まれていた採点基準に従って点数がつけられる。
「構成四点、登場人物三点、表現力四点」
「構成二点、登場人物六点、表現力二点、誤字脱字一〇〇文字あたり二カ所につき減点」
「構成力、登場人物ともに一〇点、表現力五点……規定文字数オーバーのため選考対象外」
彼らの審査はいつも公平だ。
字が乱雑だからと悪印象のために減点をしたり、好みの設定だからと甘めに採点したりはしない。
厳格な基準の下、たったひとつの例外も許さず、誰もが納得する選考結果をはじき出す。
この作業がおよそ六時間かけて行われ、続いて二次選考に進むものと落選したものとに振り分けられる。
落ちた作品については簡単な講評を添えて送り返すが、応募者の手許には一か月ほどしてから届くように調整されている。
すぐに送付してしまうと、ロクに読まずに落とした、とクレームをつけられる恐れがあるためだ。
二次選考に進んだ作品についてはより厳しい基準で再度審査が行われる。
これを何度か繰り返して大賞や佳作が決定されるのだが、この選考はものの数時間で終わってしまう。
つまり遅くとも応募締切日の一週間後には全ての受賞作が決まっている。
「全ての審査が終わりました。応募総数二万六五四九点。一次選考通過九四四六点、二次選考通過……」
審査員長が読み上げ、作業終了を伝える。
「相変わらず仕事が速いなあ。ご丁寧に選評まで作ってくれてるじゃないか」
「どうせなら郵送とか受賞者への連絡もやってくれればいいのにな」
「おいおい、それじゃ俺たちの仕事がなくなっちまうよ」
報告を受けた社員たちは様々に感想を口にする。
彼らにとってこのコンクールは何ら意味を持たない。
歴史があるからというだけの理由で毎年開催され、上司は機械的に決裁印を押す。
後は雑誌や新聞、テレビにウェブページと適当に広告を載せておけば勝手に作品は集まってくる。
人間の手がかかるのはせいぜい開封作業くらいで、後は人工知能が全て処理してくれる。
形式上、上位の受賞者には声をかけなければならないが、相手もたいていロボットなのでこれも人間が関わる機会は少ない。
話が進んで出版するという段になれば、ここからは人間の編集者が顔を出さざるを得ないが、それも数度のことでありすぐにロボットが後任を務めることになる。
「よし、こっちの箱のやつを早々と片づけちまおう。落選者の棚に移しておいてくれ」
社員たちは手際よく雑務をこなした。
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