今宵、貴方が見る夢は

1/2
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

今宵、貴方が見る夢は

 県内の公立高校に通う夏帆さんの学校に伝わる話を、息子を通じて聞かせてもらった。  彼女の高校の女子トイレには鏡がない。それも、三年生の教室がある三階のトイレだけに、鏡を外された形跡があった。一年生や二年生が使用する他の階のトイレにはちゃんと鏡が設置されているのに、どうして三階だけないのか、不公平ではないのかと、もちろん不満の声が上がっている。教師の言い分によると、「洒落っ気が出てきた三年女子がトイレの鏡の前を占領して、あれこれトラブルの原因になったから」ということらしい。しかし、それはあくまでも表向きの理由で、本当はもっと恐ろしい理由があるのだと、合宿の夜に部活の先輩から、夏帆さんはこんな話を聞かされた。  放課後。燃えるように赤い夕陽が、三階の女子トイレに差し込む黄昏時、ひとりで鏡の前に立つと、自分の死にざまが鏡の中に見えてしまう ──  そんな噂が、かつてまだ三階の女子トイレに鏡があった頃に生徒たちの間に流れた。単なる噂だろうと笑い飛ばしながらも、皆なんとなく気に掛け、部活や委員会などで下校が遅くなった際には、必ず誰かと連れ立ってトイレに行ったり他の階を利用したりしていた。その頃、校内でも目立った遊び人のグループがあった。三年生の男女数名で常につるんでいた彼らの間でも、女子トイレの鏡の噂は話題に上り、肝試し的に「誰かチャレンジしてみろよ」という話になった。「じゃあチャレンジできたら、ひとり千円ずつ賞金出そうぜ」などと盛り上がり、結局グループ内の女子で一番気が強くて発言力もあるA子が挑戦することになった。  ある晴れた夏の終わり。日暮れどきまで教室で、皆で駄弁りながら時間を潰す。西の空が赤く染まり始めたころ、A子は「じゃあ、ちょっと行って来るわ」とひとりで女子トイレに向かった。仲間たちは廊下でA子がトイレに入るのを見届け、彼女が出てくるまでそこで待った。トイレの中は静まり返っている。「やっぱりただの噂だったよ」と、あっけらかんとした顔ですぐにA子が出てくるものだと誰もが信じていたのに ──  やがてトイレから出てきたA子は、真っ青な顔で全身をがたがたと震わせて怯え切っていた。 「……見た。見ちゃった。どうしよう。あたし、あんな風に死ぬんだ」  噂は本当だったのかと、友人たちがA子に「何を見たのか?」と尋ねても、 「……いやだいやだ、あんな死に方なんて絶対したくない。いや。絶対にいや」  A子はぶつぶつと、うわ言の様に繰り返すだけだった。  その日の下校時、電車を待つホームから飛び降りてA子は死んだ。激しく電車にぶつかった身体は、見るも無残に友人たちの目の前でバラバラに飛び散った。こんなにも酷い死に方を選んだA子が恐れた、鏡に映った「自分の死にざま」とは、いったいどんなに悲惨な姿だったのであろうか。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!