7 虹色の奇跡

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 そう言って、小雪さんはまだ半分ぐらい残っていたコーヒーを一気に飲んだ。NOとは決して言えない雰囲気で、私も同じように残っていた紅茶を飲み干して、さっさと歩いていってしまう小雪さんの事を早足で追いかける。 「そうだ、お見舞いだし花でも買って行こうか」  ちょうど花屋の目の前を通りがかったとき、小雪さんが足を止めた。    花を選びながら、私は小雪さんにとあることを尋ねる。 「……センセイの好きな花って何ですか?」 「直人の好きな花? あー……そういう話、私、聞いたことなかったな」 「せっかくなら、センセイが好きな物がいいなって思ったんですけど。青色の花ってないから、それ以外だとセンセイはどんな花が好きなんだろう?」  並んでいる花を見ながらそう呟くと、小雪さんは私の顔をまじまじと覗き込んできた。私が「何かついてます?」と聞くと、小雪さんは微笑んだ。 「……恋する乙女って感じ、彩香ちゃん」 「……はい?」 「その顔、早く直人に見せておいで」 「私、そんな変な顔してますか?」 「ううん」  小雪さんはゆっくりと首を振った。 「とっても綺麗よ」  私はできるだけ色がいっぱいになるように花を選んだ。花屋の店員は少しまとめづらそうにしていて申し訳なかったけれど、センセイに色んな色を見てもらいたかったから。  出来上がった花束は、なんだか、虹に似ているような気がした。  小雪さんとは病院の前で別れた。  別れ際、私の指先を軽く握って「早く次の個展について話進めようって、直人に伝えておいて」と私に未来につながる言葉を残して。それを聞いていると、センセイの未来が明るく輝いているように思えてくる。私は震える足を叱咤するように叩いて、センセイの病室に近づいていった。  あと少し、というところで……私はバッタリある人物に出くわした。 「あら、彩香ちゃん」 「長谷川先生!」  懐かしい顔を見つけると、ふっと気持ちが軽くなる。私が近寄ると、長谷川先生もニコニコと笑みを浮かべた。 「久しぶり、元気だった?」 「はい、先生も元気そうでなによりです」  私も釣られて笑っていた。  長谷川先生と会ったのは、本当に久しぶりだった。私ももう、この病院で診察される必要がなくなったし、しばらくの間センセイのお見舞いも来ていなかったから。 「受験も無事に終わって、伊沼さんのお見舞いってところかしら?」  先生は私が持っている花束を見た。 「そうです」 「いいわね、本当に。……この仕事をやっていて、本当に良かったと思う瞬間だわ」  その言葉の意味が分からなくて、私は首を傾げた。長谷川先生は柔らかく笑ったままだ。 「こうやって何度も奇跡が起きているのを目の当たりにするとね、医者をやるって悪くないって思うの。……早く行ってあげなさい、伊沼さん、彩香ちゃんが来るのを首を長くして待ってるわよ」  長谷川先生が私の背中を強く押した。  私はもう振り返ることなく歩き始めていた。もう迷ったり、くじけたりしない。私の事を見守って来てくれた人達のために、私は前を向いていく。  センセイがいる病室の引き戸を開けると、ふわっと春の風が吹き込んできた。暖かくて、花のような甘い香りがする。  この風に色を付けるならば、いったいどんな色だろう? 私は想像を膨らませていた。
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