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その一瞬で私の顔が強張るのを、小雪さんは見逃さなかった。
「……もしかして、彩香ちゃん行ってないの?! うそでしょ!?」
「小雪さん、声大きい!」
「あ、ごめんごめん。……直人が彩香ちゃんに、受験終わるまで来るなって言ったって聞いてはいたけど。彩香ちゃんの事だから、終わったらすぐに直人のところに行ってるもんだと思ってた」
小雪さんは、本当に驚いている様子だ。
「だって二人とも、もう付き合ってるんだし」
「ま、まだ付き合ってないです!」
「え?! そうなの!? 直人がそれっぽいこと言ってたから、良かったなぁって思ってたんだけど」
「今はちょっと宙に漂っている関係と言うか、私が卒業するまで保留しているというか……」
頬を熱くさせた私が俯くのを見て、小雪さんは何かに感心するみたいに何度も頷いていた。
「ふーん、アイツなりのけじめってやつ? 立場上、やっぱり仕方ないのかな。まだ一応、二人は教師と生徒なんだし。それで、どうして彩香ちゃんは直人のところに行かないの?」
私は今この胸に広がる不安。それをついに打ち明ける時がきた。ちらりと小雪さんを見ると、彼女の黒い瞳に恐怖におびえる私の姿が映りこんだ。
「私、怖いんです。もしセンセイの目が治らなかったら、と思うと……」
私の覚悟は変わらない。センセイがどうなっても、ずっと一緒にいたい。心からの願いは、少し会わないくらいじゃ変わることはなかった。
でももし、せっかく治療を受けたのにセンセイの目が何も変わらなかったら……センセイの絶望はいかほどのものだろう。それを思うと恐ろしくなってしまって、私の足は震えてしまい、病院に向くことはなかった。今すぐにでもセンセイのところに行って確かめたい気持ちと、その恐怖心。二つが入り混じった私の頭の中は、試験問題を解いていた時よりもごちゃごちゃと散らかっている。
「直人、私にすら連絡してこないからな。もともと筆不精なところあるし。祐樹に確認してみようか?」
パッと顔をあげると、ムスッとした表情の小雪さんがそこにいた。
「……って言いたいところだけど、私、しーらない」
「え?!」
今日だって、きっと何か知っているであろう小雪さんにそれとなく聞いてみようかと思っていたのに。その頼みの綱は、いとも簡単にぷつんと切れてしまった。
「自分で確認したらいいじゃない。こんな『元カノ』になんか聞かなくってもさ」
「あの……小雪さん、もしかして、怒ってます?」
「何に?」
「……私と、センセイの事で」
そう言うと、小雪さんは噴き出した。
「別れて何年経ったと思ってるのよ、直人になんかこれぽっちも未練ないし。それに、私よりも彩香ちゃんの方がよっぽどお似合いだよ。……でも、怒っていると言われると、そうかも」
「……やっぱり」
「直人のことじゃなくて、彩香ちゃんがこんなところでうじうじ悩んでいることに対して怒ってるのよ、私は」
小雪さんはビシッとまっすぐ私を指さした。
「とっとと覚悟を決めなさい。直人だってきっと、いや絶対に、彩香ちゃんが来るのを今か今かと待ってるよ」
「……うぅ」
「そうだ、今行こう。今」
「え?! い、今ですか?!」
「思い立ったが吉日って言うでしょ? それに、私が言わなかったらこのままうじうじしちゃってさらに足が遠のくじゃない。よし、さっさとそれ飲んで早く行くわよ」
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