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「なんだ、随分来るのが遅かったな」
「……先に言わなきゃいけないことがあるんじゃないですか?」
私の胸元には、ピンク色の花のバッジがつけられていて、カバンの中には卒業証書を入れるための丸筒が入っている。
今日は、卒業式だった。
卒業と言っても、私も舞も莉子ちゃんもそれぞれ市内の大学に進学することが決まっているから、いつでも会える。もう高校に来ないことは少し寂しく思うけれど、晴れ晴れとした顔で卒業証書を受け取った。
センセイは、四月から復職すると決まっていたらしい。その関係もあってか、卒業式にひょっこりと顔を出していた。センセイ自身は後ろの方でこっそり見守って、美術室に物を運んで片づけるつもりだったらしいけれど……すぐに見つかってしまって、ファンの子たちが喜び、また名残惜しむ様に写真撮影大会になってしまった。センセイが解放されたのはもう夕方頃で、私はそれまでずっと教室で待っていた。一人、また一人とこの学び舎から旅立っていくのを見ながら。
「……卒業おめでとう」
「センセイこそ、復職おめでとうございます」
センセイは目を細めて笑った。
目は、まだ完全に治りきっていないらしい。普段の生活を送るには困らないけれど、まだ視野は少し欠けている。これから少しずつ時間をかけて治療を続けていけば……以前と変わらないくらいの視力を取り戻すことができる。そう長谷川先生に言われたみたい。
「三原が来るの待ってたんだよ。もっと早く来てくれたらよかったのに」
「どうせ、片づけるの手伝えって言うんでしょう?」
「そう。よく分かったな」
私はオリーブグリーンのブレザーを脱いで、ブラウスの袖をめくった。センセイが持ち込んだ段ボールを適当に開けていく。その中から、赤いチェック柄の袋を見つけた。
「あ、それ。開けてみろ」
センセイが私に向かってそう言った。
「いいんですか? 誰かからのプレゼントみたいですけど」
「……お前のものだから、それ」
「え? わ、私?」
「そう。俺から三原に、卒業祝いってやつだ」
私はその包みを手に取り、丁寧に開けていく。開ける前から、何が入っているか分かった。四角くて、ふちが硬いキャンバス。……きっと、センセイが描いた絵だ。
私はそれを取りだした時、言葉を失っていた。目の奥が痛くなって、卒業式ではまったくこみ上げてこなかったものが、今になって溢れ出そうとしている。
「……っ」
「どうだ? 復帰第一作目としては上出来だろ?」
「……」
「……何か言えよ」
「だって、この絵……」
その絵には少し、見覚えがあった。
かつて先生が『最後』に描いた絵。私の事が描かれた絵。
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