1 白と黒だけの世界

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 私はこの時に思い知る。他の人に期待なんてしたらダメなんだ、と。自分のできないこと、分からないことはどんどん主張していかないと……ずっとその場で取り残されたままになってしまう。うつむいているだけだと、誰も察してなんてくれない。  私はその日から、できないことは「できません」とはっきり言うようになった。  班を決める時のくじ引きも、同じように。先生はいつもカラーボールを使ったくじをしていたけれど、私は先生がいつも使っているの箱を教壇に置いたのと同時に、にピンとまっすぐ手をあげる。 「先生! 私、色は分からないので違う方法にしてください!」  その度に担任の先生は額にピキピキと筋を立てていたような気がする。自分がずっと作り上げていたルールが私に壊されていって、不快に感じていたのだと思う。私に配慮をしてくれることも増えたけれど、徐々に態度が冷たくなっていった気がした。  中学校に進学とき、小学校の方からもう話を聞いていたのかはわらかないけれど、そんな風に手をあげることはすでに無くなっていた。それでも……美術の授業だけはどうしても私にとって「できないこと」のままだった  今でも忘れることのできない、苦い思い出がある。  退院して数か月も経ち、私はそれなりに快適な生活が送れるようになっていた頃、学校で写生大会が行われた。そのころには担任の先生は諦めたように私に色々と配慮してくれるようになっていて、私にだけ「絵に色を塗らなくてもOK」と渋々頷くように言ってくれた。その言葉に私も肩の荷が下りて、友達たちとおしゃべりをしながら、目の前に広がる景色を白い画用紙に描いていく。それでもみんなが花や空の色を塗っているころには私はもう絵を描き終えてしまっていた。みんなは集中して色を塗っているから、邪魔にならないように私は体育座りをしながら小さくなって、暇をつぶすように自分の絵の細かい部分を描き足していく。  完成した絵は、小学校のロビーに展示される。私にはみんなの絵がモノクロにしか見えないので、自分の絵がそこにあっても全く変な風には見えなかった。でも、周りの目……『普通の目』を持っている人たちには、当たり前だけど、そう映らなかったみたいだった。私の絵は、普通の見え方をしている人たちから見たら、違和感のかたまりだったのだ。 「あの絵、変じゃない?」 「ホントだ! 色塗ってない、変なの!」 「色、塗り忘れちゃったのかな?」  耳に入ってくる言葉すべてが私の絵を指していて、しかもそれを「変」だと言うものだった。それを聞いている内に、また、体全体が氷みたいに冷たくなっていく。逃げ出したいのに、私の体はかたまってしまって、その場から動くこともできなかった。  私は、人から見たら変な絵しか描けない。こんな目だったら、もう二度と普通の絵なんて描けない。それなら、二度と絵なんて描きたくない!   それからの私の行動は早かった、絵を描く授業を回避するためにお母さんとお父さんを説得して、長谷川先生に診断書を書いてもらい、それを美術の先生に提出して何度も拝み倒して、絵を描く代わりの課題(例えばレポートとか)を出してもらう。ようやっと自分でもできる範囲で美術という科目に打ち込めるようになった。それなのに……伊沼先生ときたら! 「サヤ、今日こそバニーズ行くよね?」  次の日の放課後すぐ、舞が駆け寄ってきた。私はその言葉に何度も頷く。 「もちろん! 昨日行けなかったからね、今日はずっと楽しみにしてたんだ~」  舞や莉子ちゃんと一緒に教室を出ようとしたとき、そのドアを塞ぐように、誰かが立ちふさがった。 「……うげ」  思わず、蛙をつぶしたような声が出てしまう。  昨日見たばかりの少し汚れた白衣。前髪に隠れている目が、じっと見下ろすように私のことを睨んでいる。その鋭さに慄きながら、私は口を開いた。 「い、伊沼先生……何か、ご用でしょうか?」  私の言葉に、伊沼先生は深く頷いた。 「三原、今日こそは観念しろ」 「な、何の事でしょう?」  私の声が、恐怖で震えている。 「しらばっくれようとしても無駄だっつーの、美術の課題だよ」
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