7人が本棚に入れています
本棚に追加
1.わりと毎日、九死に一生
それは、大通りの真ん中にごろりと転がっていた。
赤黒く塗り潰されたアスファルト。ありえない角度にぐにゃりと曲がった首。
ネイビーのパーカー。ボーダーのTシャツ。アースカラーのパンツと黒のショルダーバッグ。
顔は見えないけど、間違いない。
あれは、僕だ。思わず大きな溜め息が漏れる。
僕、清水奏都は二十歳の大学生だ。
ただ平穏な毎日を望む、れっきとした一般人である。
いや、少なくとも僕自身は、そうであることを願っている、と言うべきか。
しかし残念ながら、現実は平穏でけだるい朝とはほど遠い。
横断歩道の先に転がっているものこそが、僕の日常なのだから。
「事故死とか……朝からグロいのは勘弁してよ」
誤解を恐れずに言うのであれば、僕は中学校に上がる直前に一度、死んでいる。
こうして大学に通っているのだから、一応、手元に命を掴まえてはいるのだけど。
九死に一生を得る。
助かる見込みのない状況から命を拾うこと、またはその例え。
日本人なら、わりと誰でも知っている言葉だろう。
僕はそれを、実際に体験したことがある。
「事故死って?」
つい、口からこぼれた恨み言に、しまったと思うがもう遅い。
隣を歩いていた伏見愛が、大きな瞳をぱちくりさせて覗きこんでくる。
「まさか例のあれ? 最近は落ち着いたと思ってたのに。ね、どんな感じ? 大丈夫?」
今の忘れて、ほっといてくれないかな。
舌先まで滑ってきた軽率な言葉を飲み込んで、かわりに「いや、まあ」と曖昧な返事を吐き出す。
幼馴染みのお節介は、なんだかくすぐったくて、居心地が悪い。僕の事情を知っているだけに、なおさらだ。
人の命は決して軽くない。その言葉が示すとおり、すれすれのところで命の糸を繋いだ僕は、それなりの代償を払っている。
それはすなわち、朝一番から無遠慮に横たわる屍。
僕には、僕自身の死に様、その可能性がリアルに見えてしまうのだ。
最初のコメントを投稿しよう!