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俺ときみ以外見てやしない
手編みのセーターに袖を通す。なんとも気恥ずかしい着心地だった。編んだ本人を目の前にしていれば当然だ。ついでに言うならその本人も揃いのセーターを着ているのだからはたから見たらバカップルもバカップルだった。ま、ここは俺の部屋で、俺と彼女以外に誰も見てやしないから何の問題もない。
「ひーなんか言うて! お願いだから無言やめて!」
セーターを着た俺を夢心地で見つめたあとムンクの叫び状態でソファの端へ後退する彼女は……まあいつものことだが俺に返事を言わせる隙もなくころころと顔色を変えており見ているこちらとしては非っ……常に楽しい。
「やっぱ手編みがあかんかった!? やっぱそうやんいまどきないわウチめっちゃ愛が重い女みたいやん! 違うから! 後腐れない女やからウチ! 捨てるときはちゃんと言ってな……」
すぐに自己完結して悪いほうに捉えるのもいつものこと。誰とでもコミュニケーションがとれる陽キャ属性なのにときたま自己肯定感が著しく欠如している俺の彼女さんは、今日もがんばってメイクしたんだろう瞳にたっぷりの涙を浮かべて「ヤバイ。あかん。捨てられる……」とかべそをかいている。正直むちゃくちゃ可愛い。俺としてはずっと見てられるんだがあまり放置すると本気で泣き出してしまう。泣いてる彼女は可愛いが泣かせたいわけじゃない。
俺は涙がつたう彼女の頬を指で拭った。
「マスカラ落ちるぞ」
「だいじょーぶ……コレばり強いヤツやから」
「アイシャドウ変えた?」
「あ! わかるー!? そうなんコレめっちゃカワイイ色やねん! この秋の限定色っ!」
「似合ってる。可愛いよ」
メイクを汚さない程度の軽いキスをおでこに落とす。さっきまで泣きべそをかいていた癖に好きなコスメの話になった途端目を輝かせて語り出し、そしていまは真っ赤に染まった顔を俺の肩にうずめてる。んー、最高か。小鳥のような彼女のからだを抱きしめていると小鳥さんは俺のセーターを指でつまんだ。
「やっぱセーターダサい……ダサくない? やっぱあかん。耐えられん。脱いで。カッコいいジャケットとか着てて」
「なんで。ちゃんと毛糸から選んでくれたんだろ」
離れようとする小鳥さんを追いかけて身体の重心を傾ける。ソファに寝そべるかたちになった彼女に俺は覆い被さり、至近距離で目を合わせた。
「それに、俺の彼女さんが愛をこめて編んでくれた服だぞ? 俺に似合わないわけないだろ」
「ほんとー?」
「ほんとほんと」
また瞳を潤ませる彼女の髪を柔らかくすくう。その毛先に口づけて、
「ま、でも脱げと言うなら脱ぎますか? セーターだけと言わず全部」
「えっ! そーゆう……ハナシは……」
「してなかった?」
最終確認で尋ねる俺の目の前に、耳まで赤くした彼女の顔。もじもじと俺を見上げて、上ずった声で、
「……これから、しよ、かな?」
なんて言うから俺は全身全霊で愛の睦言を囁いてやった。
恥ずかしい? ま、ここは俺の部屋で、俺と彼女以外に誰も見てやしないから何の問題もない。
〈俺ときみ以外見てやしない/完〉
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