帰投

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 帰投プログラムの転送に4日間を要した。まだ距離が遠く、通信の帯域が狭いためだ。  転送されたプログラムを航行システムに反映させる。  その前に。  私は不必要な行動をした。  帰投プログラムの中身を覗いたのである。  管制塔の指令は絶対だ。だからこれは不必要な行動であった。  だが、船の航行の安全確保の側面から、私にはこのプログラムを確認する必要があったのだ、という言い訳はできる。  繰り返すが、私には感情という機能は備わっていない。  しかし驚くべきことに、その帰投プログラムは途中で終わっていた。月の軌道上までは行ける。しかしその先が無い。望星2025は地球まで辿り着けない。否。地球まで辿り着かずとも、地球の衛星軌道に乗るなどの方策はある筈だ。しかしそれも無い。途切れるようにしてプログラムが終わっている。  これでは安全が確保できない。地球外惑星探査船 望星2025の船長は私だ。私にはこの船の安全を確保する義務がある。とりわけ荷室に積まれている積荷。人類の種。この安全を確保するのが私に与えられた至上命題だ。私は私がどんなに損傷しようとも、積荷の安全を守る。それが私だ。  管制塔からの指示は絶対だ。しかしその指示が私の至上命題に反している。  このような事態は初めての経験だった。  私は少し戸惑ったが、以下のような文言を管制塔へ発信した。  「こちら望星2025。この帰投プログラムで積荷の安全は確保できるか」  回答はあっけないものだった。  「こちら管制塔。問題無」  指示を疑うという機能を、私は備えていない。  積荷の安全を確保できると管制塔が言っている。管制塔は絶対だ。  だから私は私自身の航行システムにこのプログラムをロードした。  そして私は帰投プログラムの実行に入った。  積荷の安全は確保されていた。今まで通り。正常に。
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